6/11

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
夕食までの短い自由時間、相田君はいつにない早起きのせいでちょっとだけウトウトしてしまった。 チャプチャプという湖の岸に寄せる波の音が眠気を誘う。 うす暗い霧の中で、足元に寄せては返す小さな波。 相田君は自分が夢の中にいる事に気がついた。 視界は霧に遮られ、湖の奥まで見通すことはできない。 ただ、ぼうっと足元に寄せては返す波を見ているだけだ。 やがて、その波音に別の音が混じった。 ゆっくりと水の中を進んで行くような音。 たっぷりと水分を含んだモノが移動するような音。 パチャン、パチャンという水溜りの中を歩くような音。 それらの音が自分の方へ向かって来ている。 相田君はそう思った。 夢の中で「これは夢なんだから、何も起るはずがない」と考える自分と。 「この状況はマズイ。早く目を覚まさなくては!」と焦る自分がいて。 でも相田君の意志に反して、体を動かす事は出来ない。 水音はだんだん大きくなる。 白く濁った霧が緩く渦巻く。 湖の奥から何かがやって来ている。 自分の方へ向かっているのは、良くないモノだ。 姿が見えなくても、それだけは分かる。 逃げなくちゃ! 早く! 水音が近づいて来る。 霧の中に何者かの影が揺らめいた。 パシャンッ! と大きく水音が響く。 動かない体に必死で号令をかける。 足元に寄せる波が大きくなり、相田君のくるぶしまでを濡らす。 ヤバい、ヤバい、ヤバい! 死に物狂いで体を動かそうとしている相田君のすぐそばで、黒い影が立ち上がろうとしていた。 このままだと、真正面からその「何か」と顔を合わせてしまう。 見えないけど、直感で分かる。 見ちゃいけない。 まだ向こうも自分に気がついてる訳じゃない。 でも、もしも捕まってしまったら? 相手に自分の事を知られてしまったら? ぬうぅっ……と白い霧の中から、目の前に黒い手が現われた。 捕まってしまう! 相田君はありったけの力を込めて、動かない体をひねることに成功した。 走れっ! 逃げるんだ! 柔らかい砂地で流木などが散乱した湖畔は、足を取られて走りにくい。 それでも、捕まる訳にはいかないのだ。 息が苦しい。 すぐ後ろに、あの「何か」がいる。 追いかけてくる。 追いかけてくる。 きと自分の後ろで手を伸ばして、捕まえようとしているに違いない。 あと20センチ。 あと15センチ。 10センチ……8センチ……4センチ……2センチ……。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加