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思っても見なかった彼の言葉に、相田君は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。
「……いつ?」
「次の日曜日」
「そっか」
お父さんの仕事の都合で、ずい分と前から引っ越す事は決まっていたらしい。
ただせっかくだから、林間学校が終わってから。と引っ越しを伸ばしてくれたのだそうだ。
「今から引っ越しても、向こうの学校の林間には間に合わないからさ」
宮本君はジュースを飲み干すと、ちょっと淋しそうにフンと鼻を鳴らした。
「それでさ……」
ジュースの最後の一滴を喉に流し込んだ相田君は、隣のブランコに腰かけた友達の声が急に真剣になったのを感じる。
「林間学校での事なんだけど」
やっぱり、それか。
宮本君がわざわざ自分の家を訪ねてきて話をすると言ったら、それしかない。
「あの夜、相田、すごくうなされてたんだ」
そりゃそうだろう。
忘れかけてた嫌な夢が脳内に再生される。
「ああ、物すごく変な夢を見たんだ」
「あの時……」
宮本君は揺らしていたブランコを止めた。
キィッ、という金属のこすれる音が甲高く聞こえる。
「あの時、いたんだよ。部屋の中にずぶ濡れの男の人が……」
相田君の顔を見つめて、宮本君が囁くように言った。
「ずぶ濡れの──男の人?」
「そう、俺が湖で見た男の人だった」
その言葉を聞いて思い出した。
湖の遊覧船の上で、宮本君が見たと騒いでいた「あの」男か?
「そいつは……何をしてたんだよ?」
無意識に声を潜めてしまう。
「俺、何となく眠れなくて。そしたら相田がうなされ始めて。そしたら、部屋の中に入って来たんだ。全身ずぶ濡れで、あちこちから水がポタポタ落ちてた」
口の中が苦い。カラカラに乾いている。さっき、ジュースを飲んだばかりなのに。
かなり無理をして唾を飲み込んだ。
「一人ひとりの枕元に立って、そこに寝ているのが誰なのかを確認するみたいにして。それで相田のところまで行って、じっとお前の顔を見てたんだ。俺、怖くって……」
宮本君の話を聞いて、相田君は想像してみた。
みんなが寝静まったバンガローに入って来る、ずぶ濡れの男。
そいつは、枕元に立って寝ている人間の顔をじっと見ている。
宮本君じゃなくったって、怖くなって当たり前だ。
「そんなの、俺だって怖いよ」
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