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その言葉がはっきりを聞き取れた瞬間、おばさんは思わず足を止めてしまった。
夜の暗闇の中で、ぼんやりとした影が動いているのが見える。
力なく足を引きずり、学校のグラウンドを歩き回っているモノ。
「兵隊……さん?」
肝試しが始まる前にI先生がしてくれた話を思い出した。
「戦争で無念な亡くなり方をした人達の亡霊が、夜になるとグラウンドを歩き回る」
好きで戦争に行った人なんかいないだろう。
好きで人殺しになりたい人なんかいない。
戦争に連れて行かれ、傷を負い、家にも帰れず死んでしまった人達。
グランドを動き回る人影は、よく見れば色んな人がいた。
若い男の人、自分の父親くらいの年齢の人、防空ずきんをかぶった女の人、赤ちゃんを抱っこした若い女の人、自分と同じくらいの子供。
不思議と怖いという感情は浮かんでこなかった。
それよりも心に浮かんできたのは悲しみ。
みんな、死にたくないと思いながら死んでいったのだと。
家に帰りたいと思いながら死んでいったのだと。
家族に会いたいと願いながら死んでいったのだと。
そう思ったら、涙があふれてきて止まらなくなった。
ただ立ちつくしているおばさんの横を、小さな男の子が通り過ぎていった。
病気だったのだろうか、それとも食べる物もなく栄養が足りなかったのだろうか。
小さく痩せた体は痛々しいほどだ。
おばさんの横を通り過ぎる瞬間、その子のつぶやきが耳に入った。
『お母さん……どこ……?』
彼らにおばさんの姿は見えていないようだ。
お互いの姿も見えていないのかもしれない。
『お母さん、どこにいるの……?』
宙に視線を漂わせたまま、男の子は寂しそうにつぶやいた。
その言葉を聞いたおばさんは、こらえきれずにしゃがみこみ、声をあげて泣き出してしまったのだそうだ。
「どうしたの!?」
「ごめんね、1人だけにしちゃって」
「大丈夫? ねえ、どうしたの?」
ゴールの学習の森にたどり着いたY崎さん、T永さん、N本さんは、一緒に走っていたおばさんの姿がないことに気がついて、あわてて引き返してきたのだ。
しゃがみこんで泣いているおばさんの姿に、3人は自分達が彼女を置き去りにしてしまったために恐怖から泣き出してしまったのかと思ったらしい。
違うのだと伝えたかったが、涙で言葉にならない。
ただ泣きじゃくりながら頭を振るだけだ。
そうこうしているうちに、後続のグループがやってきた。
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