キャリーバッグ女といちご大福男

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 その頃には、杉元もすっかり事情を把握していた。刑事課の横山が急いで帰ることができたのは、事務仕事を自分に、担当している事件の捜査を三國に押し付けたからだったのだ。  現時点では日暮里の路地裏で中年男性が不審死の状態で発見されたというだけであり、事件かどうかも分かっていない。ただ殺人の疑いが濃厚だと判断してここへ運び込んだということだった。  駐車場に公用車を停めて降りた二人は、薄くぼんやりとした明かりの点いている入口に向かって歩き出す。 「……しかし、鑑識の方々がそれほど忙しいとは知りませんでした」  杉元の言葉に、三國はため息混じりに頷いた。 「昨日からこのあたりは物騒でな。通り魔みたいな暴行が立て続けに三件起きてるんだ。一人は意識不明の重体、残り二人も怪我させられてる」 「現場から犯人特定につながる証拠を、総員で追っているのですね」 「ああ。んで、今回もそれなんじゃねえかって話なんだが、身元が分かんなくてな。所持品はスマホだけらしい」 「そういうことですか」  スマホの中を見て情報を引き出すスキルなど、横山は持ち合わせていない。そこで三國に押し付けたのだろう。 「けどよ、サイバー犯罪対策課も手一杯でな。そこで新一の登場ってわけだ」 「まあ、健次郎も被害者みたいなものですからね。責められません」 「ホント、ヤマさんには参ったぜ。ここに送る手配だけしてドロンだからな」 「逃げのヤマという二つ名は伊達ではありませんね。……悪い意味で、ですが」  そんな話をしているうちに、受付へとたどり着く。警備員に身分と目的を説明し入館すると、節電という名目で一つ飛ばしに蛍光灯が外された薄暗い通路を歩いて解剖室へと向かった。  すると、曲がり角が近づいてきたあたりで、ガラガラというキャスターの回るような物音が聞こえてきた。  遺体でも運んでいるのかと思いながら進むと、通路の向こうから現れたのは――人間が一人収められそうなほど大きなオレンジ色のキャリーバッグを引いた、若い女性だった。  杉元は一瞥しただけだったが、三國は興味が湧いたように、二人の横を通り過ぎようとする彼女の姿を目で追った。  背は、それこそバッグに入りそうなほど小さく、全体的に小柄で、背中まで届く長い黒髪を白いリボンで結っており、輪郭のはっきりした小顔にくっきりとした眉と鋭い目が、意思の強さを示している。
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