隠されていた事件

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「でもさ、正当防衛だってことは言ったんでしょ? どうしてそれが報道されなかったの?」 「警察署からは全ての事実を公表して正当防衛だったと記者会見したのですが……その時、有名なミュージシャンが麻薬パーティをして死亡者が出たという事件に隠れてしまい、その件は流されてしまったのです」 「タイミングが悪かったのね……」 「ですが、どのみち結果は変わらなかったと思います」  荒川中央警察署には苦情が殺到したと聞いた。電話口や窓口で事件について尋ねられると、都度、その詳細やその後の捜査結果を伝えて誤解を解くよう努めていたものの、「そんな警官がいる街は嫌だ、辞めさせろ」という言葉で押し返されることが何回もあったという。  それがしばらく続いた後、署は政治的な判断を下した。業務が回らなくなるという理由で、杉元を交番勤務から外し交通課へと転属させたのだ。 「事務処理とかしてるのも、表に顔を出させないためだったんだ。でも……ホントは刑事になりたかったんでしょ? そう言わなかったの? 主張すれば良かったじゃない。不当な措置だって」  杉元は首を横に振る。 「そんなことはできません。祖父や父を知る方が多く残っているのですよ。僕の上司と刑事課の課長は父の後輩ですし、同じ世代の方は交番相談員として今も地域と警察との仲立ちをしてくれているのです。家族の体面を傷つけたくありませんし、他の方々に迷惑をかけたくなかったのです」 「だったら、他の署に異動したら良かったじゃない。そしたら再出発できるでしょ?」 「それこそ、ネットで活動している松樹さんらしくない発言ですね。僕の赴任を知った方が名前で検索すれば、すぐに事件のことが出てきてしまう世の中です。それも、悪意のある脚色がなされ、面白おかしく書かれた記事が……それこそたくさん」杉元はため息をついて、松樹を見つめた。「それに、ここから逃げたら――僕は自分の口で皆さんの誤解を解く機会を失うことになると思ったのです。だからこそ、今は受け入れようと頑張っておりました」  自分で言って気づいた。過去形にしてしまったのだ。 「なるほどね……もしかして、みんな、あんたに同情して協力してくれてたってこと? 刑事の仕事ができるように?」  杉元は頷いた。
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