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「交通課と刑事課の両課長は事情をご存知でした。ですので、それほど大きくない刑事事件があると、捜査協力という形で僕に経験を積ませようとしてくれていたのです。いつか復帰するその日のために、と」
松樹は三杯目の日本酒を飲み干した後、黙ったまま杉元を見つめていた。
もう言い残したことはない。全て伝えた。
しかし、おかしなものだ――と、杉元は自嘲した。まだ出逢って一週間も経っていないような女性に、家族と親友以外には話していないことをこれほどすんなり喋ってしまったのだ。
しかも、相手は自分を破滅へと追い込んだジャーナリストのはしくれでもある人なのに。
「ふふ……ははは」
思わず笑って杉元を、松樹がぎょっとして見つめる。
「……何? もしかして、やりすぎた?」
「いえ、いたって正気ですよ」杉元が恥ずかしそうに笑う。「ですが、このまま正気を保つつもりもなくなりました。どうせ家に帰っても、連絡を受けた父に責められるだけでしょうし。……あ、おかみさん。ウィスキーをロックでお願いします。あとホッケ」
「はーい」
女将がグラスを準備しだす。
「へえ。飲めるクチなんだ。真面目だから下戸かと思った」
「そう思っていただけたのなら、成功ですね。松樹さん。僕をここに連れてきた以上は付き合ってもらいますよ?」
すると、女将が笑いながらグラスを杉元の前に置いた。
「あら、大丈夫ですか? 松ちゃんのザルっぷりをご存知ないようですけど」
松樹が恥ずかしそうにはにかむ。
「ちょっとユーコさん。人聞き悪いですよ。ほんの少しだけお酒が好きなだけですから。でも、この挑戦に応えざるを得ないので、ボトルを出してもらっていいですか?」
言動の不一致だ。
「はーい。おつまみはどうします?」
「今日のおすすめ、三品ぐらいお願いします」
松樹は店にキープしていた芋焼酎を、杉元はウィスキーをロックと水割りで飲みだす。運ばれてきた焼きそばや豆腐サラダをつまみながら、こうしてただの飲み会が始まった。
事件で知り合った以外に共通点のない二人。考えてみたら、お互いの職業ぐらいしか知らなかったのだ。裏返せば、話題が豊富にあるとも言える。
生い立ち、小学校の思い出、給食、修学旅行。社会人になってからの出来事、生活、趣味。そんな話を酒の肴に飲んでいたが、途中で二人は気づいた。
「ひとっつも話噛み合わないわねー」
「これは驚きですね」
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