強奪

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強奪

「起きなさいよ」  体が揺さぶられる。その声に、杉元は意識だけ目覚めた。  頭が少し痛い。それに、体も疲れきったようにどろっとした重たさを感じる。もう少し眠っていたいが、仕事に行かなくてはならない。いや、その仕事は向こうから来るなと言われたのだった。  つまり、もう少し寝ることができる。 「いつまで寝てんの。ほら、起きて」  声が頭に響いてくる。我が家に女性はいなかったはず。 「はっ」  杉元がはっと目を覚ます。そこは自分の部屋ではなかった。  いつもであれば畳に敷いた薄っぺらい煎餅布団に寝ているはずが、今は見たこともない洋室の中で、ふかふかのダブルベッドに横たわっていたからだ。  そして、自分へ覆いかぶさるようにしている松樹の姿が見えた。素肌の上に白いガウンを着ている。大きく開いた襟のあたりから、明らかに下着を着けていない胸が見え隠れしていた。ガウンのサイズが大きいせいか、着ているというよりは着させられているという感じだ。 「ど……どうして松樹さんが? ここはどこなのでしょうか?」 「どこって。男女が泊まるって言ったらラブホテルぐらいだし、私がいるのは一緒に泊まったからに決まってるじゃない。何にも覚えてないわけ?」  少し不満そうに唇を尖らせる松樹。その頬は少し上気したようにうっすらと赤く染まっていた。 「確か居酒屋で話しながら飲んで……」 「やっぱり記憶なくしたのね?」松樹はため息をつきながらベッドを降りると、脇にある椅子に腰を下ろして足を組んだ。「ま、いいけどね。ともかく、こういう関係になったんだから、色々と責任を取ってもらうわよ? 主に取材的な意味で」  その言葉で杉元は気づいた。布団で隠れているが、自分も何も着ていなかったのだ。  しかし、それでもおかしいと松樹を見やる。 「こうなったって、どうなったのですか? 何があったのです?」 「何それ。冗談? 男女がホテルに来て一晩中オセロでもしてたってわけ? 見て分かるでしょ?」松樹がガウンの裾を少し開いて、その太ももを見せた。「その……しちゃったことぐらい」  だが、杉元はそれを見て鼻で笑った。 「それは嘘ですね。シーツもベッドも皺になっていないようですし、部屋の空気はいたって清浄で、匂いも何もありません。若干アルコール臭いだけです」 「そりゃ、時間が経ったからでしょ」
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