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「バスルームで見た松樹さんはすごく綺麗だと思いました。腰のくびれのラインがなだらかで、足も細くて。たいていの男性ならそういう欲求にかられて押し倒していたと思います。ですが……僕はダメなのです」
松樹の反応を待った。笑わないとは言ったが、笑われてしまうだろう。だが、彼女はまだ何の反応も見せていない。
「もしかして、日暮里の喫茶店で私がいちご大福食べてた時――」
「正直に言いましょう。ひどく興奮しておりました。隠すのが大変なぐらいに」
すると、松樹は――満面の笑みを浮かべた。だが、そこに蔑みや哀れみといった感情は見受けられない。
「いやー、そうだったんだ。何て言うか……運命ね」
「運命?」予想していなかった答えに、杉元が首を傾げる。「どういう意味なのですか?」
「こういう意味よ」
すると、松樹はガウンを脱ぎ捨てて裸になると、そのまま杉元のベッドへ潜り込んだ。
「あんたは私に触るどころか、寒いからってガウンを着せてくれたのよ」
「それは……そうでしょう。空調が効いているとは言え、二月ですし……っ?」
松樹は杉元の胸へと顔を埋め、そのままぴったりと体を合わせた。突然のことに戸惑う杉元だったが、何の反応も見せないその体を手でまさぐった松樹が楽しそうに笑う。
「ホントに何ともないのね。どうしてそうなったの?」
「……小さい頃に母を事故で亡くしました。その母の大好物がいちご大福だったのです」
「そうだったんだ……トラウマってヤツ?」
松樹がその細い手で杉元の体を抱きしめてくる。
「そうとも言うのでしょうか。僕の母は甘いものが大好物でした。その中でもいちご大福が一番だったのです。食べ過ぎて父から禁止されるほどでした。ですが、職場でよく男性職員からもらってきていたので、それをこっそり食べていたのです」
「へえ。職場ってどこで働いてたの?」
「それが……僕のいる交通課だったのです。今の課長とは一緒に交通整理などに出ていたそうですよ」
「おー。職場恋愛だったんだ」
「ええ。自分で言うのも何ですが、母は美人だったのでライバルが多かったそうです。中でも、同期だったある男性職員と奪い合いになって、最終的に父が口説いたと自慢しておりましたから」
「ホントに警察一家だったのね」
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