強奪

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「はい。なので家族が三人揃う日も少なかったのです。……ある夏の日の夜でした。その日も父が捜査でまだ帰ってきておらず、僕は一人で寝ていたのですが……怖い夢を見まして、両親の部屋に行ったのです。そうしたら、暑かったのか――常夜灯だけを点けた部屋の中で、上をはだけた姿でいちご大福を食べている母を見てしまったのです」 「……何か、すごいシチュエーションね。その時の光景が忘れらんなかったんだ?」  杉元は頷いた。 「思い返してみれば、それが僕にとって初めての性的な衝動だったと思います。それがいつの間にかいちご大福にすり替えられていって、こうして立派な性的倒錯者が出来上がってしまいました」  これで本当に、残すところなく全てを伝えたことになる。  笑顔のまま聞いていた松樹はしばらく杉元の目を見つめていると、ベッドの中で体を回し、今度は後ろ向きになって彼の下腹部に自分の腰を押し付けた。 「ね、抱きしめてみて」 「は、はあ……?」 「いいから、ほら」  松樹が後ろ手に杉元の腕を取って、その手のひらを自分の胸と腹部に押し付ける。温かい松樹の体温が指先を通じて伝わってきた。だが、感じたのは性欲ではなく、安心感だ。  人とこうして裸になって触れ合うのは、生まれて初めてのことだった。 「……あはは。ダメね、私も。これっぽっちもドキドキしない」 「どうしたのですか?」 「私も同類ってことよ」松樹はまた杉元の腕の中で体を回し、向かい合わせにすると、顔を近づけてきた。「何で私がこの仕事をしてるか分かる? 私ね、男の人を見ても全然ときめかないの。性欲が全然ないのよ。こんなふうにしたいって、全く思ったこともないわけ。ムラムラもないの」 「は、はあ……」 「小学生も上の方になるとさ、少女マンガとかで恋愛のお勉強するじゃない? 私はそこから興味なくてさ」そういうものらしい。「中学とか高校になったら周りは本物の恋愛しだすんだけど、その時も全然ダメで。友達同士でそういうDVDとか見ても何とも思わなかったわけよ」 「それはそれで……大変そうですね」 「話合わせててもピンとこないから、周りから浮いてきちゃって。そうなるとさ、人間って残りの三大欲求に頭が向かうのよね」 「睡眠欲と食欲ですか」九時には寝てしまうという習慣もそこから来ていたのだろうと納得する。「それで食欲が勝って、グルメに目覚めたというわけですね?」
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