強奪

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「誘拐対策班の考えじゃ、犯人は様子見するためにそう言ったんだとよ。あの親父、短気でそんな頭よくねえだろ? だけどよ、コインロッカーで金を受け渡そうって話に乗ってこないあたりで、犯人は親父が警察呼んだんじゃねえかって疑心暗鬼になってる可能性があるとか言ってたぜ」  杉元もそれは一理あると感じていた。  一人娘を誘拐された父親なら、犯人の要求を全て呑む――誰もがそう考えるだろう。しかし、あの店主はリスクを冒してでも取引の方法を変えて娘の生命の安全を図ろうとした。そこに何らかの罠があるのではと犯人が考えたとしても、おかしくはない。 「実際は木崎さん一人で行動したのよね。それで四人も殴って、一人は殺しちゃった。……何ていうか、執念ね……」 「まあな。元々あの親父が短気ってのもあるけどよ、結婚してから十年ぐらいしてできた一人娘で、相当溺愛していたらしい。教育にもすげえ金かけたらしくてな、高一でカナダとかどっかにホームステイさせて、英語バリバリにさせたんだと。向こうの友達とネットでしょちゅう喋ってるのを見て、誇りに思ってたらしい。そんな娘が奪われたんだ。犯人からの連絡もないままじゃ、正気を失ってもおかしくねえだろ」 「やったことは悪いことなんだけど……同情しちゃうわね」松樹は食欲が失せたのか、スプーンを置いて水を飲み干した。「それで、犯人の目星はついたの? 何だか、お店に詳しい人の犯行みたいな印象だけど」 「バイトで二人、近くの大学に通ってる大学生とフリーターがいるけどよ、電話をかけてきた時のアリバイがあってシロだった。声も似てねえらしい。今はアフロの男を追ってる」 「アフロ? それってもしかして……」 「そうだ。有川のデジカメに映ってた男だ。ま、あれだけじゃ顔もほとんど分かんねえし、それよりもうちょっと時間を置いたほうが早いかも知んねえが」  その言葉で湯島署長の話を思い出す。 「もしかして、取引の連絡があったのですか? 今日、改めて取引するという話は聞いてましたが」 「ああ。昨日の夜に電話があってな。要求は一億で変わらず。だけど、受け渡し方法が変わった。今日の午後三時に、半分の五千万を一千万ずつに分けて五ヶ所に置けと」
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