キャリーバッグ女といちご大福男

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「まあ、今さら言ったところで変わるとは思いませんが」杉元がそうさらっと否定すると、面白かったのか、老医師がまた大きな声を上げて笑った。「杉元くんも相変わらずだな! いや、本当に大きくなって! 最初会った時はこんなちいちゃかったのが、今やワシの倍だからな!」 「それで、何か身元に繋がりそうな特徴はありましたか?」三國が聞く。 「特徴? どこにでもいそうな四十代の中年男ってだけだったぞ。安物スーツにゃ、でかい携帯しか入っとらんかった。ざっと体も見たがな、手術の痕もなけりゃ他の怪我も見当たらん。あとは歯と指紋で照合するしかないだろうな。というわけで、ワシの仕事はこれで終わりだ」 「分かりました。すいません、面倒かけまして」 「いやいや、いいんだよ。どうせ暇なおいぼれ先生だからな。家でぼーっとしてたらボケちまう。ああ、搬送は助手に言っといてくれ」そう言いながら、老医師は術衣を脱ぎつつ、また大声で笑った。「ああ、そうだった。手がかりになるかどうかは分からんがな。あいつは食った直後に殺されたみたいだぞ。ありゃあ、羊羹だな。イチジクとかリンゴっぽいのもあったぞ。あとは青汁みたいな液体だ。そんなもん一緒に食ったってうまくなかろうに。食い合せってもんを知らん男を探せ。それじゃあな」  そう言い捨てると、老医師はあくびをしながら手をひらひらさせて通路の奥へと消えていった。  あの先生も優しくて面白い人だが、話すと疲れる。杉元は三國を見やった。 「そんな店っつってもなあ。羊羹なんざコンビニでも売ってるし、イチジクとリンゴだってスーパーで買えるしよ。結局手がかりなしか」 「まあ、まだスマホが残っていますから。それにしても、そんな食べ物が最後の晩餐になるとは……本人は夢にも思っていなかったでしょうね」 「せめて旨いもんを食って死にたいよな」 「正直なところ、味のことは分かりませんが……少なくとも、四十代の男性が昼間に食べるようなものではないでしょうね。余程の甘党か、そういう写真をSNSにアップロードして楽しむ趣味の持ち主か。あまりいい印象は持てませんね」  お前が言うなという視線を三國から受けて反論しようと口を開きかけた時、二人の背後へと近づいてくる靴音とキャスターを転がすガラガラという音が聞こえてきた。 「そういう偏見を持ってる男こそ、本当に悲しい生き物よね。哀れだわ」
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