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杉元の背ほどもある塀に覆われた屋上は、給水塔とエアコンの室外機が並ぶ殺風景な場所で、二月の午後三時という夕方には少し早い曇天が雑居ビルの街の上にかかっている光景が広がっていた。
「その鍵はどこから持ってきたのですか? 何より、ここへ勝手に入ってしまっていいのでしょうか」
「高いところって気持ちいいわよね。景色はタダだし」
その返事で理解した。もう何も聞くまい。警察官として不法侵入の片棒を担いでしまったという罪悪感に駆られたくなかったからだ。
「それに屋根もあってさ。夏は過ごしやすいのよ」
振り返ると、資材を置くためなのだろうか、駐輪場のようなひさしのある囲いが見えた。どうやらここに寝泊まりする時もあるらしい。いよいよもって聞く気にはなれなかった。
杉元は和洋菓子本舗の入口がある面へと向かい、塀から頭だけを出すようにして店を見下ろした。距離にして約二十メートルといったところか。店内の様子は分からないものの、入口とカウンターははっきりと見てとれる。
何やらうるさいと思ったら、横で松樹が壁に手をかけて懸垂しようとして――諦めているのが見えた。
「ね、肩車か抱っこしてよ。見えないの」
「そんな目立つことしてどうするのですか。僕が見ているので大丈夫です」
「私にも見せてって」
「いいからそこで待っていてください」
唇を尖らして松樹がすねる。不意に、その視線が杉元の足元に向けられた。
「あ。靴紐ほどけてるわよ」
「え? ああ、すいません」杉元が背中を丸めてしゃがみ込む。スニーカーの靴紐は蝶々の形を崩してはいなかった。ジーンズを履いた松樹の足が寄ってくる。「別にほどけてなんて……ん? 松樹さん、どうして靴を脱ぐので……ぐっ」
松樹が背中に乗った。潰されそうになり、両手をつく。
「おー、見える見える」
「解けてないではないですか! ぐ……お、重い……」
「失礼ね。体重は高校から変わってないわよ。身長も」
「そ、そうではなくて……乗り方が悪いのです。い、痛……そんなにかかとを押し付けないでください。……ああ、もう下りてください! おんぶしますから」
「最初からそうしてくれれば良かったのに」下りた松樹が今度はその背中に抱きつく。杉元がその両足を持って立ち上がった。「あー、いいわね。おんぶなんていつぶりかしら。あ、もうちょっと上に」
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