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恐る恐る腰を下ろした杉元の目を見ながら、湯島もパイプ椅子を引いてその正面に座った。安いスチール製のテーブルに右腕だけを置き、じっと杉元を見つめてくる。
しばらく無言の間が続いた。ブランド物のスーツを着た湯島と対峙している杉元は、パーカーにジーンズという格好で――まるで犯罪者として尋問を受けているような気分に陥りそうになる。
「どうして俺がここに来たか、分からないお前じゃないはずだ」
「……はい」
「三國には恋人と偶然あの場所にいたと言ったそうだな。そんな話で言い逃れられるとでも思ったのか?」
その視線が杉元の心をえぐってくる。
「い、いえ……事実を申したまででして……」
「ほう。それが事実だと言うなら、お前は著しく職業意識に欠けた、警察官として不適合極まりない男だと言える」湯島は吐き捨てるようにそう告げた。「昨日、お前には触りだけ教えたはずだ。娘の解放と引き換えの取引が今日行われる、とな。その現場が店になる可能性も充分にあった。警察官であるお前に犯人が気づけば、人質が殺されることもあっただろう。そんな現場に、お前は物見遊山でふらっと立ち寄った――そう言っているわけだ」
「いえ、それは偶然というか……」
「だから職業意識に欠けると言ったのだ。現場へうかつに近づけば、捜査本部が立てた綿密な計画の邪魔になることぐらい、馬鹿でも分かる。遊び気分で行ったのだろう。それは一つの大きな職務違反を犯した証拠になる。あんな場所に行く物好きなどおらん。つまり、話題にならなければ店の近くに行くこともなかった。お前は捜査中の事件を部外者に漏らしたということだ」
その言葉を受けて、杉元は頷くわけにはいかなかった。
今後の弁明で話した情報に自分の知らないものがあれば、職務違反は三國にまで影響することを意味するからだ。それだけは避けたかった。
「既に内部監査が動き出した。どうしてだか分かるな? 逃走車両の報告をしたお前の名が捜査チームのリストになかったからだ。これで誘拐された娘が殺されでもしたら、お前はおろか、刑事課、交通課、そして俺の責任が問われる。この荒川中央警察署の失態につながるんだ」
あの時とっさに名乗ってしまったことは後悔していた。だが、どこの誰かを言わなければ撃たれていてもおかしくはない状況だったのだ。
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