強奪

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「警察官の不祥事は全国で多発している。捜査資料の紛失や痴漢、盗撮、指定暴力団への便宜……年々、警察に対する世間の信頼は失われつつある」  杉元は無言で頷いた。 「事実はどうであれ、お前は過去に一度信頼を失っている。そして今回もだ。世間はもうお前を許さないだろう。この荒川中央警察署に置いておくことも、警察官であることも……一線を退いたお前の親父にも、今は亡き爺さんにも顔向けできないだろう? もう潮時だ。そうは思わんか」  その言葉に、杉元は思わず唸ってしまった。  いくら予想していたとは言え、目の前でトップから辞職を勧告された――その事実に、杉元は頭の中が真っ白になってしまう。 「俺も鬼じゃない。今、この場で結論を出せとは言わん。来週の月曜日まで……今日を含めて三日待ってやる。その間に考えろ。署を出て他の道を歩むかどうかをな」  杉元は、これまでの間――僅かながらも積み上げてきた日々が音を立てて崩れていくような、そんな目眩すら感じていた。 「返事がないようだが」 「……分かりました」 「よし。じゃあ今すぐに家へ帰れ。今後、捜査への一切の関与は許さん。店や現場に近づくこともだ。その時は自主退職じゃなくなるものと思え。いいな?」湯島はそう言って立ち上がると、杉元を睨みつけながら見下ろした。「三國を道連れにしたくなければ、な」  そう言い捨てて、湯島は取調室を出て行った。  ドアが閉められ、部屋がしんと静まり返る。一人取り残された杉元は、しばらく立ち上がることができなかった。  三日間など、あっという間だろう。  残るか辞めるかを考える余地はない。湯島は他の選択肢を告げなかった。つまり、杉元に辞表を出すための準備期間として三日を与えたに過ぎなかったのだ。  たった三日で、次の夢など探せるわけもない。  父親の背中に憧れて入った道だ。おいそれと変えるつもりも、そんな気持ちも持ちあわせていなかった。  刑事として働いていたのなら、興信所や探偵事務所、企業の調査員などに再就職することもできただろう。だが、交通課で事務処理をし、ホームページを更新していただけの自分に何ができるのか。 「ふう……」  いつまでも取調室にいるわけにはいかない。テーブルに手をついて立ち上がると、杉元は夢遊病者のようにふらふらと部屋を出て、そのまま誰とも目を合わせないようにデスクへ戻り荷物を取ると、署の外へ向かった。
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