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背中に投げつけられた声に振り返る。そこには、先ほど通路ですれ違ったキャリーバッグの女性が立っていた。
彼女はおもむろに歩み寄ってきたかと思うと、杉元のすぐそばまで近づき、彼の顔を見上げて睨みつける。
「ええと……あなたは?」
「あなたは? じゃないわよ。甘い物は女の食べ物とか、いつの時代の話? そんな狭い見方しかできないから、その死んだ人が最後に寄ったお店も特定できないんだわ」
突然としてケンカを売られた杉元が、メガネの奥にある糸目をさらに細めて警戒しだす。対峙する二人の間に流れている不穏な空気を感じ取ったらしい三國が、割って入ってきた。
「言葉が悪かったんなら、俺もそうだな。この通り――申し訳なかった。ところで、俺たちに何か用でも?」
「和洋菓子本舗。間違いないわ」
「わ、わよがし? 何だ、それは」
女性が呆れたように深いため息をつく。
「お店の名前。日暮里にある和洋菓子本舗っていう、アレンジした和菓子を出すことでそこそこ有名なお店なの。そこで新メニューとして、ドライフルーツを入れた羊羹が先月くらいに登場してね。イチジクとリンゴを混ぜたやつ。多分、しそゼリーと青汁茶のヘルシー羊羹セットだわ。その人はそれを食べた後に殺されたのよ」彼女は一気にそう言うと、改めて杉元を睨みあげた。「あなたの言う、悲しい最後の晩餐を食べた後にね」
どうやら自分の発言はこの女性をいたく刺激したらしい。
「失礼があったようですね。大変申し訳ございません。ところで……どちら様でしょうか? どうしてこの監察医務院に?」
「私はジャーナリストをしてる松樹よ」
その単語を聞いた杉元は、今まで浮かべていた微笑みを強張らせた。三國がはっとして松樹を見下ろす。
「そのジャーナリストさんがここに何の用だ? まさか、こいつのことじゃないだろうな?」
「何をそんなに警戒してるの? ジャーナリストって言っても、私はフードジャーナリスト。別に事件を追っかけてるわけじゃないわ。飲食関係のお店を取材したりとかだし」凄むような三國の声を受けて、松樹は怪訝そうに眉を潜めながら続けた。「そもそも、質問したいのはこっちのほうだわ。その死体を見つけた時の話しを聞きたいからって呼びつけたのはそっちじゃないの」
「え……?」
その一言で杉元は理解した。
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