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陽が落ちて暗くなりかけた街を包む曇り空は、まるで自分の心を現しているようだと思った。
これから何をしよう。とりあえず帰らないといけない。今日は車で来ていないから歩こう。自宅まで二十分もすれば着くだろう。そう言えば――とその姿を探した途端、もう見慣れてしまった白いリボンで長い髪を結いた女が視界に入った。
「……ごめん」
杉元の姿を見つけた松樹が寄ってきて、頭を下げる。
「三國から聞いたのですか?」
松樹は頷いた。その表情は今までと違って、本当に不安そうな目をしている。
「本当に処分されるかもってことだけ。でも、あんたの顔見たら何があったかすぐ分かったから……」
それほど落ち込んだ顔をしていたのだろう。しかし、今となってはどうでもいいことだ。
「……そうですね。僕はいったん家に帰ります。松樹さんもキャリーバッグを取りに戻られますよね?」
「うん。だって、あれがないと生活できないから。ついてっていい?」
「もちろんです」
「それじゃ……お願い」
「今日は車もないので歩きです。二十分もすれば着きますので」
そうして二人は署の目の前を通る明治通りを、新三河島のほうへと歩いて行った。
仕事終わりの時間帯であるせいか、道路を行き交う車のライトがひっきりなしに通りを照らしている。
いつもは先頭を歩く松樹も、今回は杉元の横について歩調を合わせていた。
「……聞かないのですか?」
「だって……聞けないじゃない。私がひどい目に合わせたようなもんだしさ」
その答えに、杉元は鼻で笑ってしまった。
「何よ、それ」
「いえ、松樹さんにも罪悪感という気持ちがあったのかと思いまして」
「馬鹿にしないでよ」松樹は少し恥ずかしそうに杉元を見上げた。「そりゃ、昨日の今日でさ、まさかお店に車突っ込むなんて思ってもなかったわ。誰が悪いとは言えないと思うけど、見に行こうって言ったのは私だし……それに、今日のは下手したらあやちゃんが危なくなるってことなのよね」
それも気がかりだった。金は犯人の手に渡ったものの、楽観視はできない。経緯はどうであれ五千万を奪った犯人たちが、顔や声を知られたとして人質を殺す可能性もゼロではないからだ。
「それで……あんたはどうなったの?」
「停職も免職もなくなりました。自主退職しろと」
「え……」
松樹は言葉をなくしたように杉元を見つめる。
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