強奪

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「軽々しい行動をとったことの責任をとれということでした。捜査妨害になりかねず、また娘さんの身に何かが起きた時は、僕は元より警察全体の信頼が失われると。確かに、あの時……そこまで考えなかった僕に非があります」 「そうだったの。……でも、辞めたくないんでしょ?」 「それは……もちろんです。ですが、もう無理な話ですね」  そうしてまた二人の間に言葉がなくなる。  しばらく他愛のないやりとりをしながら歩き、新三河島駅の高架下をくぐって商店街から杉元の自宅へと向かった。 「……まずいですね」  細い路地の奥にある自宅の庭に二台の車が見えて、杉元が足を止める。 「何?」 「父が帰宅しているようです。松樹さんを紹介するのは別に問題ないのですが……」 「退職のことよね。説明しなくちゃいけないんでしょ?」  杉元は頷きながら、歩くスピードを落とす。 「誰かから連絡が行っているはずです。おそらく交通課か刑事課の課長でしょう。今も月に一回はうちで宴会をする仲ですから。相当なじられると思います。聞いていて気持ちのいいものではありませんし、松樹さんは他の場所へ行かれたほうが……」 「いいわよ。私は大丈夫。お父さんにも会いたいしね」 「そう……ですか」  大丈夫だろうか。さすがに大きくなった自分を相手に手をあげてくることはないと思うが、それでも激しい叱責と詰問が続くのは想像に難くない。  仕方ないと腹をくくり、庭に入る。センサーに反応して玄関のライトが入口を照らした。  それに気づいたらしい足音が家の中から聞こえ出し、玄関のドアが唐突に開かれる。  中から現れたのは、杉元の父親――一治だった。杉元より少し背が低く、ごま塩頭に濃いブルーの作務衣を着たその姿は職人のようにも見えた。 「おい、新一! 話は聞いたぞ! お前はいったい何を――?」杉元と同じぐらい細い糸目が、彼の背後にいた松樹の姿を見つけて言葉を詰まらせる。「おい、新一。そちらは?」  退職の件をどう説明するかばかりを考えていたため、松樹の紹介まで頭が回っていなかったのだ。杉元が言葉をなくしていると、松樹はずいと前に出て、両手を体の前について深く頭を下げ、 「初めまして、おじさま。私、新一さんの『彼女』の、松樹いたると申します」  と、言った。
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