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「本当にそのバッグ一つで生活しているのですね」
「そりゃそうよ。もう家には私の部屋なんてないし、これが私の全てなわけ。この空間が家だって言っても過言じゃないわ」
「なるほど。いつも家と一緒に移動しているわけですね」杉元がくすっと笑う。「ですが、この大きさだと飛行機では離れ離れになってしまうのでしょうね」
「そうなのよ。もしなくされでもしたら大変だから、飛行機には乗らないことにしてんの。それに……今は乗れないしね」
と、苦笑いする松樹。
「高所恐怖症ですか?」
「ううん。来週やる集まりで買ってきた缶詰なんだけどね。すっごいヤバいヤツなのよ。持ち込み禁止リストに載っててね」
と、キャリーバッグの中にあった小さな箱をポンポンと叩いた。
「ラム酒もそうでしたし、色々と持っているのですね」
「そりゃそうよ、仕事なんだから。だいたい三、四種類は食べ物が入ってるわね」そう言うと、松樹はタブレットを出して布団の上にあぐらをかいて座る。「で、明日からどうするの?」
一瞬の間が空く。そして、杉元は――ニヤリと笑った。
「……決めたのね?」
一瞬だけ湯島の顔が浮かんだが、それをかき消すように杉元はゆっくりと頷く。
「悔いのないように生きたいのです。松樹さんがおっしゃったように、今の僕にとって、この事件を最後まで見届けず警察を離れることは――おそらく、人生最大の後悔になるでしょうから」
それはまごうごとなき杉元の本心だった。月曜日には否が応でも警察を退職することになる。それまでの間、できるだけのことをしたかったのだ。
事件を解決できるとは到底思わない。だが、何もせずに月曜日を迎えたくはなかったのだ。
「決まりね」
「ですが、三國や課長たちにも頼るつもりはありません。僕だけ……いえ、僕たちの手で犯人に迫りたいと思っております。その知恵を貸してください」
「もちろんじゃない。さ、考えましょ」
歯を見せて笑う松樹。杉元も彼女の向かいに腰を下ろして、こうして二人だけの捜査会議が始まった。
刑事課長に入った連絡については詳細な内容まで聞かせてもらっていたが、あれだけの大きな事件であるため、まだ続報があるのではないかと、まずはマスコミの報道を片っ端から洗うことにした。
杉元も自室からタブレットを持ってくると、二人で手分けをしてあらゆるニュースサイトをチェックする。
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