キャリーバッグ女といちご大福男

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「ああ……きっとヤマさんがここに呼んだのですよ。合わせて目撃者から証言を取れということなのでしょう。遺留品の引き取りと事情聴取をここで全部済ませようという配慮なのか、ただの怠慢なのか」 「あのじじい……」  三國は後者と取ったらしく、歯を食いしばって声を上げそうになるのを耐えていた。  それを横目で見ていた松樹が、キャリーバッグのハンドルに引っ掛けておいたリュックの中からスマホを取り出してその画面を見せる。 「それって横山っておじさんの刑事でしょ? だったらその通りよ。ここに着いたら、この番号にかけろって言われてたの」  画面に映っていたのは三國が署から貸与されている携帯電話の番号だった。松樹がその細い指でコールボタンをタップすると、三國のスーツから振動音が聞こえてきた。 「う……すまない。全然気づかなかったみたいだ」 「それは本当に失礼いたしました。どうやら連携がうまく取れていなかったようでして……この通り、大変申し訳ございません」杉元が深く頭を下げているのを見て、慌てて三國もそれに倣う。「それで、お話をお伺いしたいのですが、お時間はよろしいでしょうか? ほんの十分程度いただければ」 「食べ物の趣味をバカにする人と話なんてしたくないです。何にも連絡しないでずっと待たせっぱなしで……」  かなり機嫌を損ねてしまったようだ。それもそうだろう。横山のありえない対応で苛つかせた上に、フードジャーナリストの前で偏見のある発言をしてしまったのだ。  きっと三國は心の中で横山を呪っていることだろう。そしてその十分の一ぐらいは自分も含まれているはずだ。  杉元と三國は低頭平身、言葉を尽くして謝罪する。  しばらくしてようやく元の空気に戻りかけてきたところを見計らって、三國は遺体搬送の手続きと唯一の遺留品であるスマートフォンを取りに解剖室へと向かった。戻ってきた頃には、杉元の努力によって松樹の機嫌は元に戻り、署で事情聴取することに同意してくれていた。  VIPのようにキャリーバッグとリュックを持った彼らは松樹をエスコートして監察医務院を出ると、駐車場に停めてあった公用車に乗せて、一路、荒川中央警察署へと車を走らせる。
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