キャリーバッグ女といちご大福男

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 警察の建物に入るのは初めてだったらしく、辺りを見回し落ち着きのなくなった松樹を、二階にある刑事課へと連れて行った。場所がなかったため、壁沿いに置かれてあったベンチに座らせて話を聞くことにした。  だいぶ印象の悪くなった杉元は発言を控えて、あくまでも聞き役に徹すると目で合図すると、それを受けた三國がまず最初に確認したのは、松樹自身についての情報だった。  フルネームは松樹いたる、年齢は二十五歳。フードジャーナリストとして目新しい店や商品を見つけては取材をして記事にし、ウェブメディアや雑誌に寄稿しており――主な収入源は自身が運営するウェブサイトの広告掲載料と、雑誌社などからの原稿料だという。  今日は日暮里に新しくオープンしたという大衆居酒屋で取材をし、その帰り道で事件を目撃したらしい。 「記事の草稿を書こうと思って落ち着けるところを探してたのよ。和洋菓子本舗さんでも良かったんだけど、他にお店ないかなって探してたら、言い争いみたいな声が聞こえてきて。何だろって思って声のするほうに行ってみたら――男の人が倒れてたの」 「それがこの男なんだな?」  三國はスーツのポケットからデジタルカメラを取り出して、写真を見せた。そこには、短髪で少し日焼けをした中年男性の顔が、目を閉じた姿で映っていた。  傷跡のない綺麗な状態だったが、それでも死体を見るということは生理的に受け付けなかったのだろう、目を逸らしながら松樹は話を続けた。 「そう、この人。駆けてって声をかけたけど動かなくて、それで救急車を呼んだの。来るまで待ってたわ。でも、私は倒れてるのを見つけただけだし、救急隊員の人に連絡先を教えたから、もういいかなってそのまま行ったのよ」 「それでヤマさんから電話を受けた、と」もしかしたら容疑者かも知れない松樹を自ら訪ねることなく、放置していたかと思うと、杉元はため息しか出なかった。「で、それは何時頃の話だ? 誰か近くにいなかったか? 走り去る車とか」 「午後一時過ぎだったわ。細くて髪の長い女の人が一人小走りみたいにして行ったのと、アフロっぽい男の人の背中が見えたけど……顔まで見てない。車はなかったと思う」 「場所は救急隊から聞いてるし……他に何か気づいたことは?」 「ないわ。ジャーナリストだけど、別に事件記者ってわけでもないし。もういいわよね?」
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