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もう帰りたいという松樹の言葉を受けて、三國は杉元を横目にちらりと見やった。
どうやらこの女性は重要な情報を持っていないらしい。お互いに時間を無駄にしてしまったようだ。しかし、三國からの目線はそれ以外に何か聞くべきことが残っていないかと尋ねてきている。
おそらくは気を利かせてくれたのだろう。
「あの……あと一点だけ僕のほうからよろしいでしょうか?」
「イヤ」
まだ敵意は失せていなかったらしい。
「そう言わずにお願いいたします。先ほどおっしゃったお店の名前と連絡先を教えていただけませんでしょうか。松樹さんのお話を参考に捜査を進めたいと考えておりまして……」
すると、松樹はしぶしぶといった顔で小さく頷いた。
「……分かったわよ。名前は和洋菓子本舗。日暮里駅前の通りを挟んだ向こうにあって、連絡先は――ちょっと待ってて」松樹は傍らに置いたキャリーバッグの上にあるリュックからスマホを取り出して、調べ始める。「私のブログに上げてあるの。あれは先月だったから……確か、一ノ瀬さんがいなかったら水曜日で……あれ? いつだったっけ?」
スマホを膝の上に置き、今度はリュックからシステム手帳を出してぺらぺらとめくり始める。
杉元はレイヤードスカートの太ももに置かれたスマホの画面を何気なく見た。若い女性だが仕事のツールとして使っているのだろう、ケースに入ってもいなければ、ストラップさえついていない。無骨な黒いフレームの端末だった。
そんな外見とは相反して、画面に映っているのはカラフルな色使いのウェブサイト。
「あれ……?」
ブログのタイトルを飾る明朝体とその文字列を見て、杉元は胸ポケットに入れていた自分のスマホを取りだした。そしてウェブブラウザを立ち上げ、ブックマークを開いて画面を見せる。
「やっぱり。『日々これおいしい』さん?」
「え?」松樹が顔を上げる。「何で刑事さんが私のサイトを? どうして? 甘味をバカにしてたのに」
「ですから、それは誤解なのです。最後の晩餐として一般的にどうなのかと申したまででして……確かに甘味は好んで食べませんが」
「じゃあ何で私のサイトを知ってるわけ? まさかストーカー?」
「ち、ちょっと。聞こえの悪い言葉はやめてください。特定の甘味が好きなだけでして」
「それって何? ケーキとか?」
「いえ、それが……その……」
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