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二人が去った室内は静かだった。臭いの問題もあって、一般の患者を入れることができないからだろう。ドアの窓から外を眺めるが、もう消灯近い時間帯もあって誰の姿も覗くことはできなかった。杉元はふうとため息をついてベッドへと横たわる。
覚悟はできていた。父親も背中を押してくれていたし、警察官のはしくれとして、少なくとも事件がさらにひどい結果を生むのを阻止することができたのだ。
これから何をしようか。
せっかくだからできなかったことをしよう。全国のいちご大福をめぐる旅がいい。各地の特色あるいちごちゃんたちを食べ歩くのだ。
海外旅行にも行ってみたい。そのためには英会話のお試しレッスンも受けてみようか。
しかし、それらはあくまで趣味のことであり、これからの自分という人生設計においては枝葉のような、瑣末なものだった。
本当は続けたかったのだ。警察を。
「無事だったそうだな」
そんな頭の中で抱いた僅かな望みを打ち砕くように、低い声の主が処置室のドアから姿を現した。
それは制服を着た湯島だった。杉元が身を起こそうとしたのを手で制される。
「怪我人は寝ていろ」
「すいません」
湯島は菓子折りをベッドの上に置くと、パイプ椅子に腰を下ろすことなく立ったまま杉元を見下ろした。
「非番だったから見舞金はない。それはあくまでも個人的なものだ」
「……ありがとうございます」
「もう腹は決まったんだろうな?」
犯人逮捕へ協力したことへの労いがあり、その上で改めて進退が問われるだろうと考えていた流れが崩れた。
「結果的に容疑者を確保できた。それは事実だが、どうしてあの時間、あの場所にいたのか。どうせお前が三國に情報を流したんだろう?」
杉元はその視線を逸らすことなく、見つめ返していた。
「三國の下手な嘘など誰でも気づく。そもそもあいつにマイクロブログから相手を辿るというスキルはない。謹慎の身でありながら勝手な行動をし、計画された組織の捜査を妨害した。本庁にもその疑惑が広まっている。一部では三國がお前をそそのかしたんじゃないかという声もあった」
杉元は低く唸った。
「既に内部監査では、うちの刑事課と交通課にあったお前に対する異様なまでの便宜について報告書を作成している。全ては私の責任だが、両課長にも何らかの責めは負わせるつもりだ」
湯島が語尾を強めて杉元をねめつける。
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