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「全てお前がやってきたことだ。いずれ三國の嘘も暴かれるだろう。隠しきれなくなった事実が出てきたらどうする? お前の恋人もあの場にいたということは、一般人への捜査情報を流したことの証左だ。三國のキャリアもここで終わりになるだろう」
「……そんな」
「だからだ」湯島はそう呟き、小さな便箋とボールペンを胸ポケットから出してベッドの上に置いた。「すべてお前が勝手にやったことだとひっかぶって辞表を出せ。あとはうまいように処理しておく」
そう告げる湯島の表情には何の変化も見当たらなかった。
たった一枚の便箋。そこに退職願と書けば全てが済んでしまうのだ。
二度と荒川中央警察署に行くこともなくなるだろう。同僚や後輩は連絡をくれるだろうが、それも最初のうちで、三國しか話せる相手がいなくなっていく。
交番で見かけた同僚とも話せなくなり、警察組織の一員だった匂いは一年も経たずに消えていくことだろう。
それは、本当に悲しいことだった。
「今、この場で書けとは言わん。だが、私に渡せば余計な手間が減るだろう?」
三國や両課長に迷惑をかけたくはない。どうせ、気持ちは決まっていたのだ。
杉元はペンを握った。何て書けばいいのだろう。そう思いながら便箋に手を延ばそうとした時、ドアが開いた。
「ま、待ってください」
声の主は、松樹だった。ドアの向こうから様子を伺っていたのだろう。
「君は……?」
湯島の眼光に、松樹も少し怯えるようにおずおずと処置室へ入ってくる。
「わ、私は……新一さんの彼女で……」
「松樹さん。ここは二人にしていただけますか?」
杉元が松樹を制するようにそう問いかける。
「でも、あんたは悪くないじゃない」
「誰だか知らないが、席を外してくれ。彼の今後について話をしている。肉親でもないあなたに話すことは一つもない。出ていってくれないか?」
そう湯島が松樹を睨み付けた時だった。
「なら、俺はいていいんだな?」低い声が処置室のドアから聞こえてきた。「湯島、久しぶりだな。いや……湯島警視と呼んだほうがいいのか? 元気そうで何よりだ。人様の息子を追い詰めるぐらい訳ないって顔してるな」
「おじさま?」
「お……父さん?」
それは杉元の父親、一治だった。チノパンにジャケットといういでたちで、手には見舞いの品らしきレジ袋を手にしている。
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