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「お前だって一線は退いたが、まだ警察側の人間だろう。海外で交番業務を教えているヤツが警察に楯突いた――そんなニュースが流れてもいいのか? 晩節を汚したと後ろ指を差されたいのか?」
「道理の通らん筋を甘んじて受けた腑抜けだと思われるより何倍もマシだな。……聞け、湯島」
一治は低く唸るように名前を呼びながら、人差し指を湯島の鼻先に突きつけた。
「お前は俺の大事な物を奪おうとした。二回もだ。今回も好きなようにはさせん。絶対にだ」
お互いの視線がぶつかる。
煩わしそうに湯島が眉を寄せた。
「……いつ見ても気に食わん目だ」
鼻で笑うと、湯島はボールペンとくしゃくしゃになった便箋を近くにあったゴミ箱に投げ捨てて、
「処分は予定通り月曜に出す。覚悟しておけ」
そう言い捨てて、処置室を出ていった。
緊張が解けたのだろう、松樹がふっと倒れこむようにベッドへと腰かけた。
「いたるちゃん、ごめんね。変なとこ見せちまって」
まるで格好悪いところでも見られたかのように、一治はそのごま塩頭を掻きながら、パイプ椅子へと座った。
「い、いえ、そんな意味じゃなくて……」
杉元も何が何だか分からないといった顔で、父親を見やる。
「署長と知り合いだったのですか?」
「ああ。あいつとは高校の同級生だった。ま、向こうは成績トップでこっちは落ちこぼれだったけどな」
因縁は高校時代から始まっていたという。空手部に所属した二人は、主将の座を激しく争ったのだそうだ。何度か直接対決をした結果、軍配は湯島に上がった。
二人が再会したのは、荒川中央警察署だった。高校を卒業して警察学校に入り、五年ほど経って刑事課に配属され第一線で活躍していた一治の前に、湯島は幹部候補生の現場実習という形でやってきたのだ。
捜査の仕事については父親のほうが先んじていたが、二人が同じスタートラインで争うことが起きてしまった。
「その年に、母さんが署の交通課に配属されてきたんだよ。人当たりも良くて、笑顔が可愛くてな。みんなのアイドルだった。その母さんに……俺と湯島が惚れたんだ」
「え……」
「恋の鞘当てですね」
戸惑う杉元をよそに、松樹が身を乗り出しながら話の続きを待つ。
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