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「あの時もあいつは正攻法だった。声をかけて食事をして、デートの約束をして。三度目のデートで告白すると言ってたらしい。でも、俺はそんなの待てなかった。最初の食事で口説いちまったんだ」
「それでおばさまが選んだのが、おじさまだったんですね」
細い目をさらに細めて一治が苦笑いする。
「当時はな、キャリア組から俺たちの捜査方法が悪いだの何だの言われてて、お互いにかなり険悪でな。そんな時に俺が由佳――母さんを奪っちまったもんだから……周りが囃し立てちまったんだよ。キャリア組の硬い頭じゃ女も口説けねえって」
「それで署長さんが恨んだんですか?」
父親が頷く。
「相当悔しかったんだろ。母さんのことは諦めきれなかったらしくてな、結婚して新一が出来た後も口説いてきたそうだ。あいつの好物を買っちゃあ、こっそり渡してやがったんだ」
「……いちご大福、ですね。おばさまが奪おうとした大事なものの最初だったんだ」
「そうなんだよ」
杉元の中で一つの事実が結びついた。禁止されていたいちご大福をなぜ母親は食べていたのか。職場の男性職員から差し入れを受けていたと言っていたが、それが湯島だったのだ。
「仕事の話だと言っちゃ、よく母さんを呼び出して口説いてたんだそうだ。でも、なびくような女じゃなかった」
「二つ目の大事なものは……新一さんですか?」
「勿論だ。新一が交番で襲撃された時、当時の署長は相手が俺の息子で、俺の古くからの仲間が多い職場とあって、その対応を図りかねたそうだ。その時に相談したのが同期の湯島だった」
「まさか……」
「あいつは躊躇なくクビにしろと言い放ったらしい。噂だがな。前に一度会った時に聞いたら否定はしなかった」
そして三度目となった今回は必ず潰そうと仕掛けてきたということだろうか。
「坊主が憎けりゃ……の論理ですね。おじさまが嫌いだから、新一さんまで潰そうなんて……子供みたい」
杉元は思わず身震いしてしまった。
あの冷たい目は役人や官僚的なルールを守るために自分を切り捨てようとしていた非情の瞳ではなく、その裏にかつて一人の女性を取り合った憎き恋敵の息子を潰そうという激情があったことを知ってしまったからだ。
戸惑う杉元を見て一治がふうとため息をつく。
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