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「確かにお前は色々とやった。だが、責められるようなことは何一つしてない。胸を張ってろ」一治は立ち上がった。「だが、世論はどうもならん。その時は諦めろ。……そうだな、格闘家にでもなれ。せっかくの腕なんだ、そのまま錆びさせるにゃもったいない」
そう言うと、杉元の頭を乱暴にがしがしと撫でる。
「それは大丈夫です、おじさま」
松樹もベッドから降りて微笑んだ。
「いたるちゃんがついててくれりゃ百人力だな」
「任せておいてください」
「それじゃ悪いけど、新一のことを頼みます。新一、しばらくはゆっくり休め」
「分かりました」
そうして、一治は手をひらひらさせながら処置室を出ていった。
その背中を見届けた二人は、張り詰めた空気から解放されたように一緒に深いため息をつく。
「おじさん、署長さんと知り合いだったのね」
「母を奪いあっていたことなんて、初めて聞きました」
「それもあって恨まれてたとか……あんたもつくづくツイてないわよね」
「まあ、こればかりは自分でどうともできませんから。僕も覚悟を決めておくことにします」杉元は自分の気持ちが揺るがないよう、ゆっくりと頷いた。「父も言っておりましたが、いくら正義であっても世論には押されてしまうものです。かつての事件もルールを守った上での発砲でしたが、それでも世論に負けてあのような処分を僕に下しました」
「大丈夫。何とかなるわよ」
その自信はどこから来るのか。
しかし、根拠がなかったとしても、松樹のその言葉は嬉しかった。数少ない味方が増えたのだ。
壁掛け時計が小さく鳴り、九時を知らせる。
「それじゃ私はそろそろ帰らせてもらうわ。何か欲しいものがあったらメールちょうだい。寂しくなったら……いちご大福の画像でも見といて」
「ははは。そうします」
「じゃね」
松樹も手を振りながら処置室から出ていった。
と思ったら、ドアの隙間からウインクを送ってくる。苦笑いしながらウインクを返そうとして、杉元は両目をつぶってしまった。松樹があははと笑いながらまたウインクしてドアを閉める。
まるで本物の恋人同士みたいなやりとりだと思った途端、杉元は自分が顔を赤くさせたのが分かった。
松樹と一緒なら何でもできそうな気がしてくるから不思議だ。
あそこまで人をその気にさせる能力は何と呼ぶのだろうか。
そんなことはどうでもいい。
今後はどうなるのか。
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