エピローグにはまだ早い

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エピローグにはまだ早い

「それでは、もう来ないようにしてくださいね。杉元さん、お元気で」 「ええ、そうするよう努めます。お世話になりました」  もう馴染みになってしまった女性看護師に笑顔で手を振られながら、ジーンズにグレーのパーカーという格好の杉元は、病院の玄関口からとぼとぼと歩いて出て行った。  手に茶色い液体で汚れた服の入っているビニール袋を持って、あたりを見回す。  迎えに来ているはずの松樹の姿は見当たらなかった。だが、駐車場に杉元の車はある。ゆっくり寄っていき、中を覗いてみたが誰もいなかった。  病院の中にいて、すれ違いになってしまったのだろうか。しかし、また戻ってあの看護師と鉢合わせしたら気まずい。  どうしようかと出入口を振り返ると、バス停のベンチに座ってスマホを見つめながら唸っている松樹を見つけた。 「そんなところで、何をされているのですか?」  その声に顔を上げる松樹。 「決め手。決め手が必要なの」  良く見ると、目の下にはうっすらとクマが出来ている。 「何か気になっているのですか? あまり寝ていないようですが……」 「色々やりつつ、もう少しで事件の謎が解けると思ったら完徹しちゃって」 「スマホで推理小説でも読まれているのですか?」 「私が読むのは食べ物の本だけよ。あ、でも魯山人のエッセイは面白かったわ。毒たっぷりで。……そうじゃなくて、リアルの事件よ。誘拐とテロの」 「……解決しているではないですか」杉元は松樹の隣に腰を下ろした。「犯人の二人も逮捕されて、娘さんも帰ってきました。彼らに武器を提供していた組織も捜索を受けて逮捕が始まっております」 「そこがね。しっくりこないのよ」  松樹がひざで頬杖をつきながら深いため息を吐く。 「おかしいと思わない? 五千万奪った時はしてやられたって感じだったでしょ? 警察を煙に巻いて、お店を急襲して。なのに、秋葉原でのテロが素人丸出しなのよね」 「はあ」 「マシンガンを買った相手の封筒はアジトに残していくわ、逃走手段の車はなぜか隣の駅で路駐して輪っかつけられてるわ……そもそも、駅のホームで銃撃したのだって頭悪いわよね。電車止まっちゃったら、逃げ場なくなるのに」 「まあ、確かに賢い犯人ではないとは思いますが」 「それにさ、おかしくなったフリをしながらアリバイがあるとか言い出してさ。いきあたりばったりにも程があるでしょ?」  何が言いたいか分かってきた。
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