対決

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 松樹の小さな手のひらでちょこんと鎮座するその姿は、まだ世間を知らない少女が初めて社会に触れた時のような、期待と不安をないまぜにしながらも明日を信じているかのような、みずみずしい若さをたたえている。 「ああっ」  意識が飛ぶ。それは、夏の海辺だった。真っ白なワンピースを着た二十歳ぐらいの女性が、麦わら帽子を被って真っ青な夏の空を眺めている。手には読みかけの文庫本。  風が吹き、ふわりとスカートが浮かんだ。そこから伸びる白く長い足に気を取られると、どこを見ているのと怒られる。  杉元はもちろん君だよと笑いかけながら、その肩を抱き寄せた。麦わら帽子のつばを少しだけ上げ、そっと口付ける。彼女はいちごのようにほんのりと頬を染めた。  こんなところで、と胸に触れた杉元の手に戸惑いながらも、女性は受け入れるように自身の白い手を重ねて、再度口付ける。  誰もいないよ。そう呟いた杉元は彼女の腰に手を回し、その柔らかな感触を味わいながら――、 「ち、ちょっと……松樹さん! しまってください」そう懇願しながら、杉元は前かがみになって思わず跪いてしまった。「何でそんないやらしいものを公衆の面前で……」  このままでは街中で興奮している変態だと思われてしまう。杉元は深呼吸すると、素数を数え始めた。 「あとでゆっくり味わっていいからさ」  松樹はいちご大福を入れた紙袋を杉元の前に置くと、 「うぐぉっ」  かがんでいる彼の背中に乗った。 「うぐっ、お、重っ……」 「何回言えば分かるのよ。身長も体重も胸も高校の時から変わってないの。でも下半身にお肉ついてきた気がするのよね……」 「き、聞いてません……! こんな卑怯な真似……三十七、四十一……」 「だって、こうでもしないと踏み台になってくれないじゃない。んー……あれは空き缶、あっちのはコンビニ弁当のガラか。あっちのはチラシ……やっぱないわね」  そうして降りた松樹が杉元の背中をぱんぱんと叩く。 「おさまった?」 「八十九、九十七……いつつ……」ようやく海辺のイメージを消し去ったところで、杉元がゆらりと立ち上がった。「何度も言っていると思いますが、僕は肋骨を折っているのですよ? それに両腕を何十針と縫っているのに……一体、何を探していたのですか?」 「探しものはなかったわ。ほら、早くこっちに来て」
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