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エピローグ
これほどまでにすがすがしい気分は今までになかった。
月曜の朝。スーツ姿の杉元は、警杖を片手に立ち番をしている警官に挨拶を交わすと、人の閑散としている荒川中央警察署の署内を眺めて、そう嘆息した。
まさか、退職を勧告されるその日にこんな気持ちになるとは、人生とは分からないものだ。そう自嘲するように微笑むと、杉元は挨拶を交わしながら、一階の奥にある交通課の島に向かった。
まだ誰も来ていない。
自分のデスクを眺めて、違和感を覚える。たった数日間来ていないだけなのに、もう何ヶ月も見ていないような錯覚を感じたからだ。
リュックを机の脇に下ろして、椅子に座る。
「あっ……」
いつもしていたようにノートパソコンを開いて思い出したことがある。
パスワードを入力してログインすると、画面には解析完了のメッセージともに十一桁の数字が表示されていたからだ。
「今さらですよね……」
それは西谷のスマホに入っていた圧縮ファイルのパスワードだった。
プログラムは英数字を総当り式で調べていたらしい。その数字に見覚えがあるなと思ったら、それは西谷の電話番号だった。
早速圧縮ファイルを開き、中に入っていた数百枚の画像を解凍して、サムネイル表示させる。
「うわ……」
杉元は反射的に画面を閉じてしまった。周りを見渡し、誰もいないことを確認してため息をつく。
ラーメンのレシピを盗んでは販売していた男のものだから、食材や料理の写真なのかと思っていた杉元の期待は見事に裏切られた。そこには、何十人という女性の裸や局部が映されていたからだ。
「道理でパスワードをかけるわけです……」
目を瞑り、ふうとため息をつく。
この事件を通じて、あれほどまでに憧れていた刑事という仕事の現実が少しだけ見えたような気がした。
娘を助けるためには他人を殺すことさえ厭わなかった父親。そんな男に間違われて殺された中年の男は、破廉恥な写真を収めたスマホを手に、他人のレシピを盗んで売っていた。そんな男に利用されたのは、堕ちきる寸前で踏みとどまった女。
日本を変えるという大層な目的のために多くの人々を殺傷した男たち。彼らに利用されていると見せかけて操っていたのは、高校すら卒業していない少女だった。
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