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これも見ようによっては、結果から求めてしまった関係に映るかも知れない。だが、自分と松樹は正しくお互いを知り、ある程度ではあるが心も通じあったのだ。
何が正しいかなんて、誰も分からないのかも知れない。だが、筋だけは通す人間になりたい、いや、ならなければならないと思った。
「杉元くん、おはよう。早いね。昨日はよく眠れたかい? 怪我のほうは?」
と、交通課長から声をかけられた。気がつけば、辺りには見慣れた署員たちがいて、普通に業務を始めている。
「課長。おはようございます。それほどひどい怪我でもないので、大丈夫です」
杉元が立ち上がって会釈する。
「お見舞いに行けなくてごめんね。それで……今、ちょっといいかな?」
と、課長が署の出入口を見やった。
運命の時が来たのだ。杉元はゆっくり頷くと、課長の後をついて署の外へと出た。
午前九時を過ぎた明治通りには車が途切れることなく行き交っている。課長が足を止めたタイミングで、ふと振り返った杉元は署の建物を仰ぎ見た。
この見慣れた四階建ての荒川中央警察署に来ることはもうなくなる。見納めのつもりだった。
「今朝、署長から連絡があってね。引き続き交通課勤務になったよ。またこれからもよろしく頼むね」
「そうですか。本当に……色々とありがとうございました」
杉元が深く頭を下げる。
「いやいや。私は貢献できていなくてね……」
「それでは、辞表を書いて提出いたします。その……初めてなので、書き方など教えてもらえたら――」
「え?」
課長が何を言っているのかと目を丸くした。
「は?」
その顔に杉元も驚く。
「いやいや、杉元くん。退職じゃなくて続行だよ?」
「……?」
課長の目に、混乱している間抜けな杉元の顔が映った。
「……話を聞いていたかい? お咎めなしになったんだよ」話が見えないと、杉元が首を傾げる。「実はね、昨日――改めて署長と話をしたんだよ。その時にはまだ杉元くんには辞めてもらうと言っていてね。考えなおしてもらいたくて、今朝、もう一度直談判しに行ったんだ。そしたら……辞職勧告は取り消すって言われたんだよ」
「……どういうことですか?」
「これだよ」
課長がスーツのポケットから折りたたまれた紙を取り出して、開いて見せる。それは手書きのメッセージが書かれたファクスだった。
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