エピローグ

5/10

81人が本棚に入れています
本棚に追加
/212ページ
「それじゃ今日も一日、はりきって頼むよ。『おいしいは正義』くん」 「……何ですか、それは?」 「何って、君のエンカウントだろ? いちご大福が大好きな甘党の警察官をクビにするなって、みんなが紹介してたそうだからね」  杉元のアカウント名が変わっている。ハッカーの仕業や乗っ取りの被害に遭ったわけではない。きっと松樹が勝手に変えたのだ。  しかし、怒るわけにはいかなかった。むしろ、感謝しかない。 「そうでした。ともあれ……色々と本当にありがとうございました」 「まだまだだよ。これからも頑張ってもらわなくちゃ。よし、行こう」  そうして署に戻った杉元は、何日かぶりの業務を始めた。  今日で退職となるはずだったこの荒川中央警察署の中で、先週と同じように働いている自分に違和感があったのは、せいぜい一時間ほどだった。  免許証の更新手続きや事故処理の書類作成。道路使用許可を申請してきた映画制作会社への連絡、ウェブサイトの更新。  同僚たちも前と変わらず接してくれた。腫れ物に触れるような素振りは一切なく、体を気遣ったり、実は甘党だということが知れていちご大福を買ってきてくれたり。三國以外の刑事にも声をかけられ、秋葉原での奮闘を褒め称えられるとともに、今度手合わせをしてくれという話や、いつ刑事課へ配属になるのかという応援ももらった。  そうして一日が終わり、帰宅する頃には――朝と同じような晴れやかな気持ちになっていたのだ。  充実した日を過ごせた。  交通課の同僚たちに挨拶をして署の玄関へと向かう。すると、既に陽の落ちた暗闇から署内の光を逆光気味に受けて入ってくる人物の姿が見えた。  それは湯島だった。視線が合う。一言言いたい気持ちが募ってきた。様々な思いが頭の中で交錯したが――、 「お先に失礼します」  と、足を止め敬礼しながら、そう告げた。  そんな杉元を湯島は一瞥し、無言のまま署の中へと入っていく。そして階段を昇り視界から消えていった。  署を出た杉元は、考えていた。  理不尽で言いがかりのような理由で退職を勧告されそうになった湯島だったが、それでも自分の上司なのだ。守るべきものは自分より遥かに多く、大きいだろう。
/212ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加