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電話をしても出てくれないだろう。メールやメッセージも見てくれないのではないか。それより今は――顔を見たい。小さな顔に大きな目で、白いリボンで結いた長い髪を揺らしながら笑う、彼女の顔を。
そう思った杉元は、気合を入れて立ち上がった。メモを手に、彼女が行きそうなところに思いを巡らす。
この足で探さなければならない。廊下を走り、玄関で靴を履いて外に出る。一治の車はない。どうやら出かけているようだ。
自分の車に乗り込み、エンジンをかけて勢い良く飛び出す。
向かったのは、日暮里駅だった。
この一週間で何度も使ったコインパーキングに車を停めると、駅に向かって走りだす。その目は女性の後ろ姿に向けられた。もう何度も見た、あの後ろ姿を。
行き交う人たちの視線を浴びながらスーツの上着をはためかせて全力疾走すると、駅の入口で立ち止まり、あたりを見回す。
彼女はいなかった。階段を駆け上って改札に向かったが、やはりいない。いや、駅にいないのは分かっている。肋骨の痛む胸を抑えながら階段を一つ飛ばしに駆け下りると、次に向かったのはネットカフェだった。
よく使っているという店は雑居ビルの三階にある。ゆっくりと昇っていくエレベーターにやきもきしながらフロアにたどり着くと、
「松樹さん!」
と、迷惑を承知で叫んだ。何事かと寄ってきた店員の注意も聞かずにフロアの中を走り回ったが、出てくる人物はいなかった。
逃げるようにそのビルから出た。だが、行くところはなかった。
残されているのは、和洋菓子本舗が見下ろせる雑居ビルの屋上だったが、この寒い時期にあそこで一夜を過ごすわけはないと思い直す。
では、どこへ行ったのか。そういう話をたくさんしておけば良かったと後悔する。
会いたい。礼を言わなければならない。いや、そうではない。好き、なのだ。
あんな風に揺れる、白いリボンがもう一度見たいのだ。
「い……た!」
杉元は駆け出していた。居酒屋らしい店の前に、見たことのある小さな背の女性が立っていたのだ。
「松樹さん!」
声は届いていない。全力を使って走る。
「松樹さーん!?」
その女性が、長い黒髪を、その先端で結いている白いリボンを大きく揺らして振り返った。
「松樹さん!」
松樹だった。彼女は首を傾げながら杉元を見つめている。
「どしたの? そんな血相変えて」
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