エピローグ

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 のんきにそう尋ねてくる松樹を見て、杉元は気持ちの昂ぶりをこらえきれなくなった。真剣な目で彼女を見つめ返すと、息を整えながらその両方を掴み、 「うちで一緒に住みませんか!」  と、言った。 「え?」 「どこにも行かないで、うちで一緒に住んでください!」  このセリフだけは、自分で言わなくてはならなかったのだ。  今まで色んな人に助けられてきた。暴力警官と呼ばれた時は三國や課長に。この事件では松樹に。辞職勧告を受けそうになった時には一治に。  だが、今は自分の意志で、自分の言葉で告げなくてはならなかった。 「それって――」  戸惑う松樹の肩をぎゅっと掴む。 「僕自身もはっきり言って、どういう状態なのか分かっておりません。松樹さんの体を見てもどうにもならなかった僕です。ですが……一緒にいたいと心から思うようになりました」 「え……」 「確信したのです。僕は松樹さんともっと話したいのです。色んなところに行きたいですし、色んなことを共有したいのです」  嘘偽りなく述べる杉元の目を見て、松樹はぽかんとしていた。 「そうだったの?」 「そうですよ。この短い間でしたが、松樹さんは僕に色んなことを教えてくれました。正直なところ、憧れも混じっていると思います。でも、前に何かの本で読みました。憧れとは恋の出発点なんだと」  その言葉に、松樹が息を呑む。 「松樹さんが僕に対して興味がないことは理解しています。ですから……友達から始めさせてくれませんか。ああ……でも、同じ家に住むのでルームメイトでしょうか。順番がおかしいかも知れませんが……」  自分でも何を言っているのか分からなくなりしどろもどろになった杉元を見て、松樹はぷっと吹き出すように笑った。 「真剣ですよ? 空き部屋がありますし、家賃はタダで結構です。お仕事されても大丈夫ですし、父は説得しますので」  だが、松樹は笑ったままだった。 「本気なのね?」 「もちろんですよ。冗談でこのようなことが言えますか?」 「ううん。言えないと思う。でもね……間違いなの」  松樹は微笑みながら、両肩を握っていた杉元の手を優しく下ろしていく。 「私がどこかに行ったと思ったのね? だとして――どうして私は手ぶらなの?」 「え?」  今度は杉元が驚く番だった。確かに松樹は何も持っていない。辺りを見回しても、あのオレンジ色をした大きなキャリーバッグは見当たらなかった。
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