キャリーバッグ女といちご大福男

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 杉元の車に乗り込んだ二人が向かったのは、お互いの家でも駅でもなく、日暮里だった。営業時間外で店は閉まっているだろうが、何か分かるかも知れないと、松樹から聞いた和洋菓子本舗へと車を走らせたのだ。  駅から尾久橋通りを挟んで徒歩数分の場所にある路地裏に車を停めて歩くと、低い雑居ビルが並ぶその一角に、店舗の入った小さい三階建てのビルがあった。 「あ……ここでしたか」  それは、先週の水曜日にどうしても我慢できなくなった杉元がいちご大福を買いにきた店だったのだ。 「いくら興味なくってもよ、店の名前ぐらい覚えとけよな」  和洋菓子本舗とプリントされた洒落た看板のその店舗はシャッターが下りており、店内から明かりが漏れている様子は伺えない。裏に回ってみたが出入口は見当たらなかった。ビルの管理会社の連絡先も分からず、結局、全ての捜査は明日にすると決めた二人は帰路に着いた。  三國と他愛のない会話を交わしながらぼんやりと運転しつつも、杉元はいつもより少し刺激的な今日という一日に満足していた。  何も、交通課で行っている日々の業務が、退屈で代わり映えのないものだとは思っていない。ひとたび事故処理の担当ともなれば仕事の量が増えて多忙になり、それが死亡事故ともなれば悲しみにくれる遺族の世話や保険会社とのやりとりも発生する。  相手は物ではなく人間だからコミュニケーション能力も試されるし、それによって得られる経験や知識は他の職業では得難い重要なものであることも理解しているのだ。  だが――と、杉元は心の中で否定した。  免許の更新手続きや事務処理では味わえない達成感がそこにあったのだ。  聞く人によっては不快感を催すだろうし、そもそも不適切な考えだろうが――それでも、犯罪捜査に対する憧れは捨て切れていなかったのだ。  スマホの持ち主はなぜ殺されたのか。最後の晩餐がドライフルーツの羊羹になった経緯はどのようなものか。暗号化された写真には何が映っているのか。  そんな謎が、杉元の知的好奇心を刺激して止まない。  それがたとえ、ただの甘味好きな中年男が食事後にスマホをいじりながら歩いていて、肩がぶつかった相手と口論になり殴り殺されたという――ありきたりな事実であったとしても、そこに至るまでの捜査を行えるということが、杉元にとって何よりの楽しみとなっていたのだ。
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