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「え、コーヒーだけ? でも私は遠慮しないわよ? えっと、私はいちご大福と抹茶のセット。それにあんみつも単品でお願いします」
「なっ……!」
つい口から出てしまったその言葉を飲み込んだものの、遅かった。
「何? 別に高くないでしょ? だって刑事さん、いちご大福が好きだって言ってたのを思い出したから」
「い、いえ……問題ありません。その、味のほうではなく、シチュエーションとしての話ですが。いや、それもどうか……」
「何よ。いいのね? じゃ、それでお願いします」
「かしこまりました」
二人のやりとりに眉をひそめながら店員は伝票を書いて去っていく。
杉元は冷静を保とうと務めていた。ただでさえ他人に知られたくない過去を持っている身である上に、いちご大福に欲情する変態だとバレてしまっては面倒どころの騒ぎではない。ましてや、相手は食べ物専門のジャーナリストなのだ。バレたら面白おかしく書き立てられることは間違いない。
視野に入れなければいい。そう自分に言い聞かせながら、杉元は仕事へとりかかることにした。
「それでは早速で恐縮ですが……今日、現場近くからこのようなものが出てきたのです」杉元は持ってきた白い紙袋をテーブルの上に置いて、中に入っていたカーキ色をした二つの紙箱を取り出して松樹に見せた。「中身もそのままだったのですが、この紙袋を被害者が持っていたか近くで見た記憶はありますか?」
すると、松樹は頷いた。
「あー、あるかも。近くってわけじゃないけど、道端に落ちてたと思う。そんぐらいのサイズだったかな。中は見なかったけど」
「……ちなみに、昨日は他に何も見ていないとおっしゃっておりましたが」
「思い出したのよ。だって不審者とか走り去る車とか言われて、意識がそっちに行っちゃってたし。嘘じゃないわ」
今のところ、松樹が虚偽の証言をする理由も必要も見当たらない。
「分かりました。次は証言ではなく、参考意見をお伺いしたいのですが」
杉元はカーキ色の紙袋を開けて、中に入っていた最中を松樹に見せた。十個ずつ、小判形をした最中は手をつけられていないように整然と並んで箱に収まっている。
「これがどこのお店のものか分かりますか? 被害者の身元に近づけるかも知れないのですが……何しろ店名も商品名も書いておらず、困っていたというのです」
「ちょっといい?」
「どうぞ」
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