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松樹は最中を一つ取り出して、その表と裏を繰り返し見た。ごく普通の最中だが、うっすらと焼印が押されている。蛇がのたうちまわったような、図形とも文字とも言いがたい文様が見えた。
だが、松樹はすぐに分かったらしい。最中を箱に戻して彼女は頷いた。
「喰屋の最中だわ」
「くいや?」
「これ、漢字なの。口へんに食べる、屋台の屋で、喰屋。銀座にある高級和菓子のお店で、予約しないと買えない最中なのよ。それも一人一箱まで。ちょうど明日寄ろうと思ってたのよね」
「はあ」
杉元はもう一度最中を出してその焼印をよく見てみた。そう言われてみると、確かに中国の金文のような書体で喰屋と書かれているのが分かる。
「ちょっと失礼します」
杉元はその場で三國に連絡をとって松樹の話を伝えた。聞き込みを済ませたら合流しようという話になり、通話を切る。
「ところで、和洋菓子本舗には行ったの?」
「ええ。ですが、どなたも被害者のことは覚えていなかったようですね。でも、今のは大きな手がかりになりましたので、身元が分かるのも時間の問題でしょう」
すると、松樹は訝しげな視線を向けていることに気づいた。
「さっきから気になってたんだけど、どうして他人事みたいな口調なわけ? 気のせい? 全部もう一人の刑事さんに任せてるみたいだけど。助手なの? 見習いとか?」
そう映ってしまったのも仕方ない。自分自身がそうなのだから、気づかれるのも当然だと杉元は自嘲して笑った。
「まあ、そのようなものです。立場的にはお手伝いになるでしょうか。事件も多いですし、人手のやりくりも大変なのです」
「へえ。警察も大変なのね。じゃあ、あんたはサポート役ってこと?」
「まあ、そのようなものです。警察も色々ありますので」
「色々って何? 最近、このあたりで事件でも起きてるの? これ以外に」
松樹が紙袋を指さす。どうやら煙に巻くことはできなかったようだ。
「その通りです。テレビのニュースでも少し報道されましたが、最近、この界隈で事件が多発してまして……それで人手が足りず、僕が応援に来ているという訳なのです。捜査を指揮しているのは三國でして、逐一連絡しているという――そのような状態でした。なので、そういう言い回しになってしまったのです」
「へー、事件ねえ」
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