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「だから後にしろと言っただろう!」その一喝に、店内にいた客が驚く。「あー、お客さん。すいませんね、脅かしちまって。おい、あんたら。こっちも商売なんだ。ここで人が死んだわけじゃねえ。後にしろってのが聞こえなかったんか? 明日なら話を聞いてやる。それ以上居座ろうってんなら、営業妨害でお前らを訴える」
取り付く島もない。とりあえずこの場は引こうと二人は店を出た。
「話を聞きにきただけなのに訴訟をちらつかせられるとは……驚きでしたね」
「職人気質って言うのか? たまんねえな」
どうしましょうかと問いかけた時、三國の携帯電話が鳴る。知らない相手らしく、首を傾げながら応答すると、彼はあたりを見回した。すると、ビルの角で手を振っている女性の姿が目に入る。
「松樹さんではないですか」
顔をニヤつかせた松樹がオレンジ色の大きなキャリーバッグを引きながら寄ってきた。
「話、聞けた? 聞けてないでしょ」
「どうして分かった?」携帯をしまった三國が訝しむ。「後をつけてきたのか?」
「まさか。喰屋さんに用事があるって言ったはずよ。そっちの人に」松樹が杉元を横目に見やる。「あんたたち、この時間に正面から入って話聞きたいって言ったんでしょ? そりゃ無理だわ。ただでさえ喰屋のご主人は気難しいのに、そんなお客さんに迷惑かけるようなことしちゃ、一生話してくれないわよ。だから私も一緒に行こうかって言ったのに。そっちの人に」
どうやらお見通しだったらしい。そこまで気を回せなかったことを指摘された三國が小さく舌打ちして松樹を見下ろす。
「それなら根気よく説得するまでだ」
「それって時間かかるんでしょ? 捜査ってそんなにのんびりしてていいの? 情報の鮮度がどんどん失われてくんじゃない?」
それもそうだと思ってしまった。
「……それではお聞きしますが、松樹さんならお話を聞けると?」
「そうじゃなきゃ言わないでしょ? 私はお店の取材で何回も通ってるの。あのご主人が笑った写真を配信したのは私が初めてなんだから。ついてけば、絶対喜んで協力を申し出てくれるわ」
それが本当ならさすがはジャーナリストというところだ。しかし、この申し出には色々と問題がある。
「そりゃ助かるが……まさか記事にしたりしないだろうな?」
「もちろん、させてもらうわよ」
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