フードジャーナリストのチカラ

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 やはりそう来たか。同じ気持ちらしい三國からどうにかしろよという視線を受けて、杉元がため息混じりに説得する。 「もちろんご遠慮願います。まだ捜査が始まったばかりの事件ですし、中途半端な状況で報道されてしまえば、捜査に影響を及ぼすばかりか、犯人に気づかれて逃げられるかも知れません」 「大丈夫。私だってバカじゃないからルールは守るわよ。捜査が一段落したタイミングで記事にするから。約束するわ。誓約書に血判を押したっていいわよ」  と、小指を食いちぎる仕草をする松樹。 「フードジャーナリストとおっしゃっておりましたよね? どうして事件記事を書こうとするのですか?」 「だって、あの死んでた人の身元が分かるのって、今んところ全部食べ物絡みじゃない。私ね、思ったの。これは滅多にないチャンスなんだなって。色んなお店の紹介とか新しいメニューのレポもやってるけど、もっと幅を広げたいのよ。本当のジャーナリストとして活躍できるチャンスなの。ね、お願い」  と、松樹は両手を合わせてきた。  最近は人から物事を頼まれてばかりだと思いながらも、杉元は松樹の言葉と姿勢に嘘を感じられず、信じてもいいという気持ちが湧いてきたのだ。  ルールは守ると言った。それに――おそらく、この事件は重大なものではなく、すぐに解決できる程度のものだという勘もあった。  杉元は三國に頷いて見せる。 「あー、分かったよ」  という三國の返事に、松樹が手を叩いて喜ぶ。 「それじゃ口添えを頼む。立ち会いも許可するけどな、事情聴取に口を挟まないことと、記事を上げる前には俺に一報を入れること。それだけ約束してくれ」 「分かったわ」  口約束とは言え、約束は約束だ。破ればどうなるかぐらいは承知の上だろう。安心した二人が早速店へ行こうとすると、 「待って」  と、松樹に止められた。 「さっきも言ったでしょ。営業時間中に行ったら怒られるのよ。どこでもそう。喰屋さんは三時で終わりだから、待つの」 「ここでですか?」 「そうよ。ただぼーっと突っ立っててもしょうがないし、捜査の状況を教えてよ。聞き込みしたんでしょ? どうだったの?」  スマホを取り出して録音を始めようと待ち構える松樹。三國はうーんと唸ってためらっていた。だが、ここでの聞き込みが成功するかどうかは松樹にかかっている。うまいものだと、杉元は感心してしまった。
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