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「もちろんだよ。そこで修行した懐かしの味だって言ってたから買ってきたんだ。明日来ようと思ってたけど、用事ができたから今日来たの。おじちゃん、ちょっと時間いい?」
「いいよいいよ。どうしたんだい、そんな改まっちまって」
「ごめんね」
そして、松樹が二人を手招きした。合図を受けて杉元と三國が軽く会釈しながら部屋に入ると――店主は今まで浮かべていた笑みを全て消し去り、元のいかつい職人顔へと戻して二人を睨みつけた。
「またあんたらか」
口を開こうとした三國を松樹が手で制す。
「おじちゃん。この人たち刑事さんでね。さっきは迷惑かけてごめんなさいって」
目で促される二人。
「ご多忙なところ、カウンターにお邪魔してしまいまして、大変申し訳ありませんでした」
「……すいませんでした」
「でね、おじちゃん。日暮里で殺された人がおじちゃんとこの最中を持ってたんだって。身元が分からなくてすっごい困ってるらしくて、協力してあげてくれないかな?」
一瞬だけ嫌そうな顔をしたものの、孫みたいな松樹の頼みは断れないのだろう。店主は頷いた。
「ほー、そんなことがあったんだな。でもよ、いたるちゃん。うちの最中買う客がどんだけいるか知っとるだろ?」
「もちろん知ってるよ。一日平均で三百人、繁忙期だと五百人だよね。でもね、おじちゃんとこで二箱買う人はそんなにいないでしょ? 買ったのは一昨日か昨日だから帳簿に名前があるかもなの。その人のこと、調べてもらってもいい? お願い」
「おうおう、何も遠慮することはねえんだぞ。いたるちゃんの頼みなら何でも聞いてやるさ。おーい、ハナちゃん!」
ぱたぱたとサンダルを鳴らしてやってきたのは、レジを担当していた女性だった。
「悪ぃけどよ、この人らにここ一週間の予約帳を見せてやってくんねえか。刑事さんだとよ」店主が杉元と三國を一瞥する。「あとはあんたらが説明しな。俺はいたるちゃんと話してっからよ」
と、体よく追い出された二人は部屋を出ると顔を見合わせて苦笑いしながら、女性店員に連れられて事務室へと向かった。
そこは安そうなスチール製の事務机が二つ向かい合わせに置かれた四畳半ほどの部屋で、ハナちゃんと呼ばれた女性は机の上にあったノートパソコンを開いて、杉元たちから聞いた二箱の購入者を調べだした。
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