フードジャーナリストのチカラ

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 表計算ソフトを起動し、画面上を指でなぞりながらデータを確認していく。マウスのホイールも使わずスクロールバーをつかんではぎこちなく操作しているさまを見て、杉元の両手がうずいた。  フィルタをかけたらすぐに見つけられますよという言葉をぐっと飲み込んで、待ち続ける。長引く無言の時間が耐えられなくなったらしい三國が口を開いた。 「ジャーナリストやるならだんぜん女のほうがいいな。愛嬌と気配りさえできりゃ、どんなヤツだって取り込めそうだしな」 「まあ、一概には言えないでしょうが……やりやすいのは確かでしょうね」  すると、二人の会話を聞いたハナがくすりと笑う。 「でも、松樹さんはすごいですよ。うちの職人さんと同じぐらいの知識があって、きちんとお店の歴史とかも調べてるんです。スタッフの名前と話した内容も覚えてて。だからみんなに気に入られるんですよ」  確かに、と杉元は頷いた。  自分が彼女のブログを見始めて一年になるが、一週間に三、四ぐらいのペースで店舗やメニューの紹介をしているのだ。取材した店はかなりの数になるはずだが、そんな中でも店主の好物を覚えていて、好きになった経緯まで把握しているあたり――ジャーナリストとして、というよりは人としてよくできているのだろう。  松樹にとって、フードジャーナリストは天職に違いない。  しばらく雑談をしていると、ようやく絞り込めたというハナから、名前と電話番号のメモを渡された。対象者は一昨日から昨日にかけて二箱を購入したという四名で、名前から察するに三人は男性、一人が女性らしい。  殺されていたのは中年の男性だった。念のためハナに写真を見せてみたが、覚えていないという。一日に三百人はやってくる客の顔を覚えることなど、余程の常連客でもない限り無理だろう。 「一点お聞かせください」杉元がメモを三國に渡しながら尋ねる。「通常は一箱なのですよね? 二箱買うというのはどういう方なのですか?」 「はい。原則お一人様一箱でご案内しておりますが、どうしてもという方にのみ、最大二箱までお譲りしております。うちはネット販売もしていないので、遠方から来られて親戚やご友人に頼まれるという方も多いもので」 「割とよくあるということですね?」 「はい。なので、特に注意はしてませんでした。お役に立てずすいません」
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