フードジャーナリストのチカラ

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「私の仕事相手は食べ物だから、物を置くスペースはいらないでしょ? 記事を書くのはスマホかタブレットがあればいいし、写真だってそれで済んじゃう。でも、お店は朝昼晩夜中の色んな営業スタイルがあるし、それこそ全国に無数とあるじゃない? 一度出かけたらなかなか帰れないこともあるの。だから、寝泊まりするだけの部屋に高いお金を払っててもしょうがないって思ったのよ」 「昨日もそうおっしゃってましたね。それほど各地を飛び回るものなのですか?」 「うん。あんたも私のブログ見ててくれてたんなら、知ってると思うけど……私は食べ歩きレポもするけど、食べ物全般の話を書きたいの。色んなところの色んな物をね。誰がどんな思いで作って、どう食べてもらってるか。だから必然的に色んな場所へ行くようになったのよ」 「なるほど」杉元は頷いた。「確かに、東京にあるものが全てではないでしょうし、逆に東京のものはみなさんご存知で飽きている点もあるでしょうね。知らないことを伝えるのがジャーナリズムでもあるでしょうし」  運転しながら思ったままのことを呟くと、松樹は意外だと言わんばかりに首を傾げながら自分を見つめていることに気づいた。 「何かおかしなことを言いましたでしょうか?」 「ううん。まともなことも言うんだな、って」失礼な人だと思いながらも、口に出すのは踏みとどまった。「そうなのよね。実際、最初は関東の食べ物ばっかり書いてたけど、反応ってさ、それ知ってるとかあそこおいしいよねとかばっかりなわけ。そんなの、友達同士のSNSとかでいいじゃない?」 「共感だけで終わりたくなかったという訳ですね」 「そう。それでさ、ある日、たまたま旅行先で見つけたお店の詳しい記事を上げた時があったの。そしたら、みんな、『知らなかった!』とか『行ってみたい!』とかコメントつけてくれて。すっごく嬉しかったわけ。あー、これだな、って思ったの」 「なるほど。その瞬間が、ただのブロガーからジャーナリストへのブレイクスルーになったわけですね」 「……分かってるじゃない」  すると、またしても自分を見つめてきた松樹の真面目そうな顔に、杉元は吹き出しそうになってしまった。食に疎い、お役所仕事しかしない警察官だと思われていたのだろうか。 「これでも公務員なので多くの方と接してきましたし、交通課に入って三年目、ようやく一人前に近づいてきた身でもありますので」
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