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受ける視線の言い訳をしてから、杉元はしまったと眉を潜めた。松樹の表情が、また訝しげなものに戻ったからだ。
「交通課? 刑事じゃなかったの? 全然違和感なかったけど……なのに、何で捜査してんの?」
「……警察も色々と事情があるのですよ。今日もお伝えしたかと思いますが、そのために僕は三國の手伝いとして捜査に同行しているのです」
「そう言えばそんなこと言ってたわね。でも交通課って、事故とかそういうのを扱うんでしょ? あの殺された人って轢かれてたりしたの? ぱっと見そんなじゃなかったし、あのおじいちゃん先生は頭を殴られて死んだって言ってたと思うけど」
「ですから、色々と事情があるのです」
さすがにここから先を話す気にはなれなかった。
そもそもがおかしな経緯であることと、杉元にとっては親友や家族にすら触れられたくない過去を、まだ知り合って二日目の他人においそれと伝えるわけにはいかなかったのだ。
「ええと……もうそろそろ日暮里ですが、どこで下ろしたほうがよろしいですか?」
「え? もう着くの? うー……じゃ、そこを右で。駅前で下ろしてもらえばいいから」
「分かりました」
大きな交差点の手前にある青看板には、駅入口という文字がライトに照らされて浮かび上がっていた。
名残惜しそうにする松樹を横目に交差点を右へと曲がり、ロータリーの手前で車を停め彼女を下ろす。後部座席からオレンジ色の大きなキャリーバッグを出して、松樹に引き渡した。
「それじゃ、進展あったら連絡ちょうだい。絶対よ? 忘れてたら警察署まで乗り込んでやるんだから」
「それは困りますので、捜査が進み次第連絡いたします。では、お気をつけてお帰りください」
松樹は駅と反対方向に向かって歩き始める。キャリーバッグのキャスターがアスファルトを鳴らすその音を聞きながら、杉元は車に乗り込んだ。
彼女は一度だけ車を振り返ったのが、バックミラー越しに分かった。どうやら、杉元の話に後ろ髪を引かれていたらしい。
こういうのも悪くない。
そんなことを思いながら、杉元は車を出した。
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