アリバイ

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 セミダブルのベッドは高価そうな羽毛布団が掛かっており、少し開いていた木製のクローゼットからは、ブランド物らしいスーツが何着も見え隠れしていた。キッチンの脇にある棚にはそれほど減っていないウィスキーのボトルがずらりと並んでいる。  まるで昭和の時代に流行ったトレンディドラマのセットみたいだと、杉元は思った。それほどまでに生活感がなかったからだ。 「何と言いますか……典型的な小金持ちという感じがします。ラーメン屋の一店員では、揃えるのにかなり苦労しそうな品物ばかりですね」 「その割にゃ安物のスーツで死んでた。それに部屋も広いとは言えワンルームだ。ちぐはぐだな」 「住む部屋にお金をかけないタイプなのではないでしょうか。少なくとも一人、そういう女性を知っています。まあ、彼女の場合、部屋すらないわけですが」  二人はくすりと笑いながら、手袋をはめてクローゼットへと向かった。  少し開いているその隙間から、書類が詰められているカラーボックスが見えていたからだ。五段あるうちの上からを三國が、杉元は下からチェックを始める。 「ただの店員ってわけじゃなかったらしいな」三國が一枚の紙を見せる。「スープとか麺とか……これはチャーシューの作り方か。レシピ集ってとこだな。前に経営してたってのは本当らしい。また店を持とうとしてたのか」  捜索する手を止めて、杉元が部屋を見渡す。 「それにしては、キッチンのガスコンロは普通のものですし……冷蔵庫も備え付けの小さなものしかありません」 「こんな部屋を汚したくねえとか思ってたんじゃねえか?」 「試作品はお店で作っていたということでしょうか」  そうだとしても、少しは料理をしているものではないのか。だが、キッチンのステンレスは傷一つなく部屋の照明を反射している。違和感は止まらなかった。 「お。こりゃ給与明細だな。たっぷりあるぞ」  三國が見つけた細長い紙の束を一緒に見ていく。名前からしてどれもこれもラーメン屋のようだった。 「掛け持ちでしょうか? 色んな店舗がありますね」 「いや、そうじゃねえな。こっちのは二ヶ月で辞めたことになってる。これは――半年だな。時給九百円とか千円なのに、この部屋だ。何なんだ? 部屋とも辻褄が合わねえ」 「何か副業をしていたということでしょうね。その成果がこの部屋と物品で……ラーメン屋のアルバイトは表向きの仕事だったと」
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