キャリーバッグ女といちご大福男

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キャリーバッグ女といちご大福男

 翌週の月曜日。  夕方の五時を回り、あたりに夜の帳が降り始めた荒川中央警察署の一階、警杖を持った警官が仁王立ちしている入口の奥。  弱い蛍光灯の光に照らされた交通課のプレートが下がるカウンターで、スーツ姿の杉元は中年の男性に免許証を手渡した。 「お待たせいたしました。裏面に変更後の住所が記載されておりますので、ご確認ください」  そう告げると、受け取った男性は問題ないと言ってp署の玄関から出ていった。その後ろ姿を見届けた杉元が大きく伸びをする。 「さてと……」  深呼吸した杉元は奥にある自分のデスクへ戻ると、脇に置いた資料を横目にノートパソコンを開いて入力を再開した。  今日発生した管轄内の交通事故の数、死亡した人数。それに本庁から連絡のあった殺人事件の追加情報などを次々と署のホームページへ登録していく。  ブラインドタッチのキータイプは素早く、書類の内容を次々と打ち込んでいった。  最後の一枚を入力し終え壁掛け時計に目を向けると、時計の針は六時を指そうとしていた。既に一階には数えるぐらいの署員しか残っておらず、交通課は自分を除いて誰もいない状態だった。数件あった事故の対応で外へ出ているためだ。  今日は内勤だし、事故処理の担当はない。久しぶりに定時で帰ることができる。  既に杉元の頭はいちご大福のことでいっぱいになっていた。最後に見たのは、先週の水曜日に日暮里で買ったものだ。  同じ店に行くのは通っているようで恥ずかしい。それとも町屋にある多喜屋にしようか。いや、今日は少し時間があるから、冒険をして新規開拓してみてもいいかも知れない。  徐々にテンション上がってきた杉元が鼻歌まじりにノートパソコンを閉じようとディスプレイに手をかけた時、蛍光灯の明かりを遮る影に気づいた。  振り返ると、嫌な予感が的中してしまったこと気づき、それでも笑顔を浮かべながら頭を下げた。 「ヤマさん、お疲れ様です。どうされたのですか?」  それは頭髪の薄くなったスーツ姿の中年男性だった。 「よう、杉元。パソコンをしようとしてたんだよな? なーんていいタイミングなんだ」 「いえ、これから帰ろうかと――」 「お前のその大得意なパソコンでよ、ちょこちょこっと俺の資料も作ってくんねえか? いやー、助かるよ」
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