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「違いませんが、矛盾が生じるのです。西谷さんは随分といい暮らしをされておりました。この部屋とは正反対で、価値のあるものしかありません。そんな彼に有川さんがお金を貸したのですか? 言い間違いでは? 貸したというより借りていたのではないですか?」
「うるせえ!」精気のなかった顔を真っ赤にさせて、有川が叫ぶ。慣れない大声を出したせいか、二、三度むせた彼女は涙目になりながら、「誰が何言ったって、貸したにゃ代わりねーんだよ! もう話は終わりだ! 帰れ!」
「そうもいかねーんだよ」
三國はドアを思い切り開けると、有川へにじり寄った。
「現時点であんたは西谷を殺した一番の容疑者だ。あんたのアリバイを調べてまた来るからな。連絡先を教えてくれ」
「んなもんねえよ。携帯持ってるように見えんのか?」
「あれがあるだろ?」
三國が指さしたのは、キッチンの脇に置かれたタブレットPCだった。十二インチはある大きなもので、今はスリープ状態に入っているらしく、立てかけられたその黒いディスプレイには玄関からの光を反射させて、有川の後頭部を映していた。
「ネットにゃつながってねえんだよ。何か用があるならここに来い。いいな?」
「あー、分かった。だったら、それまでの間……もし俺に何か伝えたいことができたら、ここに連絡をくれ」
そう言って、三國は胸ポケットから取り出した名刺を差し出した。だが、有川は受け取らない。仕方ないため、靴が乱雑に置かれた玄関の床に置く。
そして二人はそのまま部屋を後にした。有川は名刺を一瞥すると、勢いよくドアを閉めて鍵をかけ、さらにチェーンを下ろしたらしい金属音をがちゃがちゃと立てていた。
二人は無言のまま階段を下りて公用車に乗り込む。運転席に深く座った三國は、大きくため息をついた。
「新一がいてくれて助かった。いなかったら、あいつ殴りかねなかったぜ」
「……大丈夫ですよ。健次郎は僕みたいになりませんから」
「ま、武器も何も持ってなかったしな。そりゃそうなんだが……何か、無性に苛ついちまって。昔の俺みたいで――自己嫌悪ってヤツか」
杉元が笑う。
「うちの父親にケンカを売ってましたからね。正面切って殴りかかってきたのは健次郎しか知らないと、今でも自慢してますよ」
三國もくすりと笑った。
「今じゃ更生したつもりだがな」
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