アリバイ

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 今日はスキニージーンズに白いダウンジャケットといういでたちだ。オレンジ色のキャリーバッグもあいまって、どことなくアジア人の旅行客を連想させた。 「どういうことよ」  ラーメン屋へと向かう道すがら、唇をへの字にした松樹は杉元を問い詰めていた。 「先程も説明しましたが……容疑者の一人が見つかったのです。連絡しようと思っていたのですが、逃亡の恐れがあるかも知れないということで急行していたという事情が……」 「それじゃ分かんないでしょ。事情を説明して。一から」 「ですから、詳しい捜査情報は機密事項でして……」 「へえー……」松樹が目を細めて杉元を見つめる。「みんな気になるでしょうね。情報提供者を裏切った刑事と警察官の名前。私のフォロワー、二千人いるのはあんたも知ってるわよね? 拡散力はかなり高いのよ?」  そう言いながら、松樹はダウンジャケットのポケットからスマホを取り出してちらつかせる。今この場で投稿してもいいんだぞという脅迫らしい。  今度は杉元が三國に助けを求めた。 「分かったから落ち着けって。だけどよ、まだ犯人ってわけじゃねえし、ただの容疑者だ。その状態でうかつに情報を流されでもしたら、俺たちも困るし、あんただって信用なくすだろ? まだ、あんたの中だけで留めておいてくれ。いいな?」 「最初からそういう約束してたじゃない。で?」  松樹の非難するような目を受けながら、三國はここまでの経緯を説明した。万が一のことを考慮したのだろう、有川の名は伏せていた。 「やっぱり大して進展してなかったのね。でも、また役に立てるわよ。発水も取材したことあるから」 「ラーメンもよくご存知なのですね。甘味専門かと思っておりましたが、死角はないようです」杉元は褒めたつもりだったが、松樹はからかっていると受け止めたらしい。「だからフードジャーナリストだって言ってんでしょ。そうと分かったら、行くわよ」  松樹が先頭を切って行くその後ろを、二人はついていった。食い倒れツアーのガイドなら非常に心強く頼もしい相手なのだろうが、殺人事件の捜査となれば別の話だ。  確かに今のところ助けられてはいるが、いつ何時、面倒を起こすか分からない。まるで爆弾を抱えた気分にさせてくれる。  同じ気持ちなのだろう、署へ連絡を入れながら歩く三國の横顔はどこか切なそうに見えていた。 「いつ来ても混んでるわね」 「何ですか、これは……」
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