アリバイ

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「あ、いえ。今日は取材に来たんですよ」  松樹が笑顔で答える。 「おー。お姉ちゃんはリポーターかい? テレビか何かの? おっと、俺の顔は映さないでくれよ? 今の時間は客先に行ってることになってんだからよ」  そう言って矢印の後ろに顔を隠すと、周りの客たちから笑い声が起きる。 「おー、おっさん。顔隠してハゲ隠れず。ツルッぱげが窓に映ってんぞ!」 「うるせえ、このハゲはストレスを乗り越えて営業成績ナンバーワンを勝ち取った証なんじゃ。息抜きのラーメンぐらい食ってもバチは当たらん!」 「マジか、そりゃお疲れだぜ。俺が許す。たっぷり食いな!」 「ありがとうよ!」  真剣な目で禿頭を叩くその男性を見て、また笑いが起きる。やりとりをした男も含めて、話が盛り上がり始めた。  好きなラーメンを食べに来たという同じ目的を持つ者同士が作り得る、一種のコミュニティなのだろう。列に並んだ瞬間から仲間なのだ。。  こういう雰囲気が醸成された店は長く続くのだろうなと、杉元は感心していた。 「あ、戻りましたー」  店の隣にあるドアから出てきた若い女性が、並ぶ人たちにそう声をかけながらすっと列に割り込んでいく。  ひと騒ぎあるかと思って杉元は身構えたが、それは杞憂に終わった。女性客が後ろにいた人とカードを見せ合い、お互いに星のマークだと分かって頭を下げ、会話を始めたからだ。 「大丈夫。待ち時間が長いからトイレ用の離席カードもあるの。こういうところも発水さんが賑わう秘訣なのよ」 「は、はあ……」知恵と工夫は必要から生まれる。杉元はそれを肌で感じていた。「ここも通っているのですか?」 「濃厚魚介系の有名店だし、お店も綺麗だから、時たま来てるわよ。事務所にオーナーがいるはずだから、行きましょ」  楽しそうな行列を横目に、一行は先ほど女性が出てきた暖簾の脇にあるドアからビルへと入り、「発水事務所」とプレートの貼られたドアをノックしてそのまま中へと入った。  警察の来訪に驚きを隠せなかったオーナーだったが、以前に取材を受けたことのある松樹の同席と彼女からの説明が功を奏して、店員への事情聴取を快く引き受けてくれた。  一人ずつ交代で話を聞いていく中、三人目の店員が有川の来店について覚えていることが判明する。
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