キャリーバッグ女といちご大福男

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 剣山のようにまばらな頭髪とテカテカになったスーツを揺らしながら、横山は有無を言わさないという笑顔のまま抱えていた資料を杉元のデスクに置く。 「ま、また……資料ですか」 「そう言うなよ。ま、そうなんだけどな。見やすく表組みにしてまとめろって言われてもよ、全然分かんねえんだって。そもそも……何だっけか。ロギン? それすらやりかた忘れちまってな。パスコードをパソコンに貼っといたら怒られたしよ」 「それはそうだと思いますよ。何のためのセキュリティなのか……そもそもロギンではなくログインです」と、杉元は置かれた資料の高さを見て、その微笑みを固まらせた。二センチはあったからだ。「ヤマさん。いい加減に覚えてくださいよ。やる気がないならないで、課長にそう言ってください。確か補助金付きでそういうスクールの受講ができるはずですから」 「おー、お前もいっちょ前に言うようになったじゃねえか。親父さんっぽくなってきたな」杉元の抗議もどこ吹く風で、横山は歯を見せてニヤつきながらその肩を揉んできた。「しかしだ。できねえもんはできねえ。そういう時はできるヤツがやる。分業制ってヤツだな。だから杉元に頼んだ。これぞこの世の理、宇宙の法則ってヤツだ」  どうやらこの宇宙は横山を中心にして回っているらしい。道理で人に物を頼む態度ではないわけだ。  一言ぐらい言い返そうと思ったが、小さい頃から知っているヤマさんの頼みは断りきれなかった。世話になったことも数知れないぐらいあったからだ。 「……それにしても多すぎませんか? まさかこのタイミングで明日までとは言わないでくださいよ?」 「お、鋭いな。まさしくその通り。課長に早く出せってせっつかれてたのをすっかり忘れててなあ。明日の朝イチなんだわ。悪いけど頼む」 「そんな、いきなりすぎますよ……」 「イチさんだったら困りごとは快く引き受けてくれたんだがなあ。今はアジアのどっかに出張してるんだろ? 親子三代警官たぁ、自慢の息子だろうな。よーし、決まりだ! それじゃ頼んだぞ! お先っ!」 「あ、ち、ちょっと! ヤマさん!」  悲痛な杉元の声が聞こえないのか聞いていないのか。横山は針山みたいな髪を揺らしスーツをはためかせながら、署の玄関を抜けてすっかり暗くなった街へ消えていった。  追いかけたところで何も変わらない。
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