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杉元は内心驚いていた。相手の懐に飛び込んでいって、共通の話題で関心を抱かせ、心を開かせていき、こちらの意図する方向に導く。様々な人間を相手にしてきたからこその力なのだろう。
「あたしのアリバイを……?」
「そうです。友永さんにも聞きましたけど、確かに発水でラーメンを食べてたって言ってました。最初と最後に友永さんと話したんですよね? 念のためですけど、どの服で行ったんですか?」
「え? ああ……確かこれだ、これ」
部屋の中に戻ってゴミの山を探った有川は、その中腹に埋もれていたジーンズとセーター、それにダウンジャケットを引っ張り出してきた。
「友永さんの証言と一致しますね。靴はどれで行ったんですか?」
「それだよ」
有川が指さしたのは、玄関で他の靴の上に積んである、履き潰したペラペラのスニーカーだった。
「履いてもらっていいですか?」
「ん? ああ……」
つま先を伸ばした有川がふらついて、バランスを崩してよろめく。松樹がその手を取って、支えながらスニーカーを履かせた。
二人の立ち姿はそっくりだった。背も一緒で、長い黒髪も同じ。だが、肌の艶や精気は明らかに異なっていた。
「ぴったりですね」
店員だけならともかく、オーナーも目撃している。これ以上の特定は無意味なはずだ。この行為に何の意味があるのか。
「あと、持ち物は何でした? タブレットを持っていったんですよね? きっと」
「あ、ああ。持ってったよ」
そんな話は聞いていなかった。すると、松樹は深いため息をつく。
「そうですか……すごく残念です」
「残念? どういうことだ?」
有川が眉を潜めた。
「有川さんは私と同じぐらいの身長です。百五十センチぐらいですよね?」
「見りゃ分かんだろ。それがどうしたんだ?」
「友永さんは最初と最後、行列に並び始めた時と食べている時にしか会ってないんですよ。途中が曖昧なんですよね。ガラス越しに顔を見たって」
「んじゃ居たことになるだろ」
有川の言葉に、松樹は首を横に振った。
「ならないんです。って言うか、それは本来有り得ません」
その頃には杉元も、その杜撰すぎてトリックとは言えない、言わば悪戯のような仕掛けに気づくことができていた。
せっかくなのでこのまま松樹に任せて成り行きを見守ることにした。
「何、言ってんだ?」
「ですから、チビな私と同じ背の有川さんは、あの窓に顔が映らないんですよ」
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