アリバイ

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 あっと有川は声を出しそうになって、その口を手で塞いだ。  だから松樹はスニーカーを履かせたのだ。ハイヒールを履いたとしても窓に顔は映らないだろうが、これで証言が無効だと確定したことになる。 「あ、あいつが見たって言うんだから、見たんだよ。角度とかあんだろ。何を間抜けなことを……」  そう言った有川は、明らかに動揺していた。 「いえ、友永さんも私と同じぐらいですよ。この人たちみたいに無駄に大きかったら見下ろすように顔が見えるかも知れないですけど、友永さんだと無理なんです」  木偶の坊と呼ばれた二人は、松樹の話に聞き入っていた。 「これで友永さんの証言は間違いだと分かったので、有川さんはまた容疑者に逆戻りしちゃったことになるんです」 「じ、じゃあ……何であたしの顔が見えたんだよ。説明できねえだろ?」 「できますよ」松樹はそうしれっと言って、手にしていたタブレットを有川に向けた。「これ、有川さんのと同じサイズなんです。十二インチでしたよね? ここまで大きいと、女の子の顔ぐらいは映るんです。ほら」  カメラのアプリを起動すると、松樹はタブレットを両手で掲げながら自撮りを始めた。フレームに顔が収まるのを確認するだけでいいはずだが、しばらく位置合わせをしたあげく、一回目の撮影でいい角度にならなかったのが不満だったのか、次々とシャッターを押していく。  その様子を見かねて、杉元が口を挟んだ。 「長テーブルの前にあった矢印の看板ですよ。あの裏にタブレットを貼って、松樹さんのように自分の顔を映しておけばいいのです。あの矢印は僕たちと同じぐらいの高さがありました。だから友永さんにも見えたのでしょう」  そうなのだ。トリックと言うにはおこがましい。ごまかしと言ったほうがしっくりくるほどの、まるで悪戯のような仕掛けだった。  しかしこれは、店と店のシステム、行列に並ぶ人々の雰囲気を知らなければできないことだろう。 「到着してすぐに友永さんを呼びつけて来たことを認識させ、次にこの仕掛けで顔だけを映して並んでいることを印象づけさせます。最後にラーメンを食べている姿を見せることによって、ずっといたと思い込ませました。点と点をつないで線にさせて、アリバイ完成ということですね」 「だ、だからって……そんなことしてたら、誰か何か言うだろ?」
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